〈ストーリー〉
靴が砂で埋もれそうになる。
灼熱の太陽がほぼ真上で降り注ぐ。ジリジリという音が聞こえてきそうだ。
遮るものは何もなく、風も吹かない。
額に汗がにじむ。
そこは砂漠のようだった。ようだった、というのは視界が全部砂地と空で、全容がわからなかったからだ。
僕はただひたすら、砂の上を歩いていた。
果ては全く見えない。
だんだん喉が渇いてきた。背負っているリュックを下ろし、中を見てみるが水筒らしきものは入っていない。
一体ここはどこなのか、どうすればいいのかもわからなくて絶望しかけたとき、ふと視線の先に人影が見えた気がした。
その人は近づいてくる。救いを求めるように声を出した。「すいません!」
それは男性だった。どこかで見たことがあるような懐かしさを覚える姿だった。
「あなたもですか」
先方が言う。どういうことかと首をかしげた。
「…どなたですか…?」
「僕は旅人です。世界各地を回っています。あなたもそうなのですか」
「……いや、気づいたらここにいて、喉も渇いてどうすればいいのかわからなくて。助けてください」
彼は手招きをする。着いて行くと、ぽつんと佇むサボテンを見つけた。
そして、背中のリュックから小さなナイフを取り出し、サボテンを切っていく。棘も落とすと、僕に差し出した。
「えっ」
「サボテンは水分が多いんです。これからのためにも持っておくといいですよ」
食べてみると、まるでキュウリのような味だ。そして瑞々しい。
余りをリュックに入れ、気になっていたことを尋ねた。
「あの、ここはどこですか?」
が、彼は首を振る。「それは僕にもわかりません。名もなき砂漠、といったところでしょう」
「あなたはどこまで行くのですか? 一体どこまで行けば出られるのですか」
「うーん…この旅に終わりなどないのかもしれません。終わらせることはできるけど」
と意味深なことを言い、「じゃあそろそろ行かなきゃ」
背を向けた。
「ありがとうございました。お気を付けて」
次の瞬間には、煙のようにその姿は消えていた。
彼と別れてからしばらく歩いていくと、遠くに緑色の何かがあった。
目を凝らすと、木々のように見える。その向こうには、沈みかけている太陽。
もしかしてオアシスかと心が躍る。疲れていたが、走り出した。
ドーナツ状に生えている植物の中央には、小さな池がある。透明度が高く、澄んでいる。
やっとまともな水が飲める、としゃがんだとき、目を見開いた。
水面に映る自分の顔は、ついさっき別れたばかりの旅人に似ていた。
なぜだろう、ここでは不可解なことがよく起こる。
オアシスの水で喉を潤し、顔を上げると、池の向こう側に少女を見つけた。その少女は真っ直ぐこちらを見つめている。
暑さで頭がおかしくなっているんだ、と僕は思った。こんなところにあんな可愛らしい女の子がいるわけがない。
目をこすってみるが、池の対岸にいる少女は変わらずいる。
その子は、黄色い服を着ていた。まるで喜びが爆ぜたような明るい黄色。
そして、世の果てみたいな漆黒の髪。
「こんにちは」
凛とした声が響く。何と返していいのかわからない。
彼女はなおも、憂いを帯びた青色の瞳を向けている。
気付けば、もう夜になっていた。月光が、オアシスの真ん中の二人を柔らかく照らしていた。
続く
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