テラーノベル
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それでも男性は中年女性に、向こうの通りで火事があった。現場は混乱していて近くの病院に行けなかった。ここしか頼るところがない。子供は意識不明だと訴え出した。
リヤカー上の女性はとうとう泣き出し、リヤカーを引いていたもう一人の男性は、疲れているのぐったりと座り込んだまま。
そんな状況で中年女性は「私は事務員なので、治療なんか出来ません」と繰り返していた。
リヤカーの台に乗っている子供の様子は、こちらからではわからない。
火傷を負っているのに子供が泣きもしないなんて、相当酷い熱傷なのではと心がざわざわすると、ポンとクリス様に肩を叩かれた。
「マナ、そろそろ行こうか。このまま見ていても仕方ない」
「ク、クリス様?」
「リストランテはそこだ。チヒロが待っているだろうし」
さぁ、行くよと私の腕を掴むので私は「ですがっ」とクリス様に向き直った。
ガス灯の下、いつもより冷たく見えるクリス様の赤い瞳をじっと見つめる。
「子供が心配です。少しだけでも様子を見に行ってもいいでしょうか?」
蒼波様との約束があるのは重々承知。
それでも傷付いている人が居るのに、無視は出来なかった。
「マナのその様子なら見に行って、それだけで終わらないのでは? 君は出来るなら治療をしたいだけだろう」
「そ、それの何が悪いのですか!」
掴まれていた腕をばっと引き戻す。
ここまで来たら取り繕うことはせずに、反論してしまった。
「マナは開業免状を持ってない。医術開業試験にも合格していない。言わばマナは、無免許のヤブ医者同然じゃないのかな?」
「!!」
「本当のことを言われてヘソを曲げないでおくれよ。この後君が治療するにしても、そのドレス姿で何が出来るんだ。服の下にまさか、医療機器を身に付けている訳なじゃあるまいし」
「でも、人として見過ごせませんっ!」
チラッと眼科の前で押し問答を繰り返している、人達を見ると男性が「じゃあ、味噌か油をくれ! こっちで火傷の治療をする!」と言い出していた。
なぜ、この火急の場で味噌と油が必要なのかと思ったが、それは民間療法だとわかった。
「──だめ。それは医学的、科学的根拠が十分に証明されていない。お味噌と油では火傷治療にはならない……むしろ悪化する! クリス様、せめてあの方達に言葉だけでも治療方法をお伝えさせて下さいっ」
「チヒロより知らない子供か……はぁ。マナはこの三日間、一体何を学んだのだろうね」
青白い光のもと、クリス様は綺麗に微笑んだ。
それは睨まれたり怒鳴られたりするよりも、よっぽど迫力があり、夕日色の赤い瞳に平伏したくなる力があった。
そしてクリス様がずっと言っていた「蒼波家の妻」と言う私の立場を今、問うていると分かった。
『でも』と口に出でそうになったとき「このままじゃ、子供が死んでしまう!」と言う、痛切な母親の声が心に刺さった。
私はゆっくりと天を仰ぎみた。
#王道
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742
うめぼっち

847
#溺愛
うめぼっち

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深い闇に月が浮かび、星が光っている。
まるで帝都そのものが海底に沈んでいるようだ。
それでも顔を上げている限り、いつだって光明はある。
ぐっと拳を握り締めて、クリス様にざっと向き直る。
「──私が長年学んだのは人を助けたい。見捨てない心です」
「何か言ったかな?」
「はい。言いました。蒼波様に言伝をお願いします。お食事には遅れるとお伝え下さい」
「!」
クリス様が瞳を見開いた瞬間に私は駆け出した。
「待つんだ、マナっ!」
「いいえ。待ちません。私の夫は蒼波千尋! 国を守る軍人です『軍人、国とは人』帝国陸軍の大将の言葉を夫は守っています。ならば、それに妻も従うのが道理でしょう!」
ごくっと息を呑むクリス様に私は微笑んだ。
「ごめんなさい。クリス様。私は淑女よりヤブ医者がいい」
リヤカーの方へと駆け出すと、ドレスの裾がふわっと浮くので迷わずたくしあげた。石畳の上をパンプスでコツコツっと力強く走り抜ける。
なんて淑女から遠い行動だろう。でも心は清々しかった。そして大きく声を上げた。
「眼科の前に居る方達! 私は医術の心得があります。どうか安心して下さいっ!」
私の声に押し問答をしてた二人がはっとして、こっちを見た。
立て続けに声を張る。
「だから、絶対にお味噌と油で怪我人の治療をしないでください!」
カツンッ! と最後に前に大きく足を踏み出して、リヤカーの前に辿り着いた。
コメント
1件
まなちゃん、かっこよすぎる……!😭💕「私は淑女よりヤブ医者がいい」って、マジで心臓撃ち抜かれたんだけど!!クリス様に真っ向から反論して、自分の信念貫く姿に泣けたよ…。火傷の民間療法止めるシーンも、医学知識しっかりしててさすが!次どうなるか気になりすぎる〜!⋆⸜♡⸝⋆