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第十話、読み終えたよ…!😭💔 莉央の「私の方が似合うかも」のシーン、ゾッとしたしワイシャツや共有アルバムの写真も含めて、姉の場所を測って計画的に入り込んでる感じが本当に怖かった…。千紘の「ここは私と遼介の家よ」って言葉が切実に響いた。遼介の無自覚な加害性も辛いね…続きが気になりすぎる!🔥
白波 灯
219
鬼霧宗作
303
莉央が我が家へ来て、一か月が過ぎていた。
二週間だけという約束は、とっくに期限を越えている。私が実家へ泊まる日が増えても、莉央は出ていかなかった。
着替えを取りに戻った朝、キッチンへ入ると、莉央が遼介の白いワイシャツを着ていた。裾は太腿まで届き、袖を二度折っている。
「その服、どうしたの」
「あ、お姉ちゃん。コーヒーをこぼしたから借りたの」
「自分の服は?」
「洗濯中。お義兄さんが貸してくれたよ」
「脱いで」
「今ここで?」
「客間へ行って着替えて」
傷ついた顔を作った。
「私がお義兄さんを取ると思ってる?」
「真帆とのことを知っても、この家へ残る理由を聞いてるの」
「お姉ちゃんが帰らないから、家のことをしてるだけ」
「頼んでない」
「でも、お義兄さんは助かるって」
リビングから遼介が出てきた。
「朝から莉央ちゃんに当たるな」
「夫の服を着ている妹へ注意するのが八つ当たり?」
「着替えを貸しただけだ」
「私があなたの兄弟のシャツを着て、二人で朝を迎えても平気?」
「くだらない例えだな」
答えたくない時、遼介はいつも話そのものを小さくする。
くだらない。気にしすぎ。そんな一言で、私の疑問まで小さくしたことにする。
「莉央。今日中に荷物をまとめて。お母さんの家へ戻って」
「嫌」
「ここは私と遼介の家よ」
「お姉ちゃん、ほとんど帰ってないじゃない」
ワイシャツの襟を指で直した。
「だから、私がいてあげてるの」
「誰のために?」
「お義兄さんのために」
否定はなかった。
出勤時刻が迫っていた。私は二人を残し、病院へ向かう。
昼休み、母へ電話を掛ける。
「莉央の部屋の水漏れ、聞いてる?」
『水漏れ? 初めて聞いたよ』
「会社は有給消化中だって」
『あの子、先月辞めたでしょう。次を探すから心配しないでって連絡が来た』
水漏れだけじゃない。仕事の話まで嘘だった。
では、莉央がここへ来た理由のどこまでが本当なのだろう。
「お母さん、莉央のアパートを確認してもらえる?」
『分かった。でも千紘、嫌なら出していいのよ。姉だから住ませる義務はない』
「何を目的に来たのか、確認したい」
『家族にそこまで確認しなきゃいけない時点で、答えは出てると思うけどね』
電話を切ったあと、橘へ事情を伝えた。
『共同名義の住居なら、ご主人が滞在を認めている間、先生一人で強制的に追い出すのは難しい場合があります。鍵の交換や荷物の処分はしないでください』
「では、何もできないんですか」
『退去を求めた事実を文章で残し、第三者を伴って私物を取りに行く準備をしましょう。虚偽の説明や不貞の証拠があれば、離婚手続きの中で扱えます』
感情のまま鍵を替えれば、私が不利になる可能性がある。
夕方、母から連絡が来た。
『大家さんへ確認した。水漏れは起きてない。莉央は先月末で解約してる』
莉央が我が家へ来たのは、その翌日。
母が大家から聞けたのは、水漏れの有無と退去日だけだった。契約者本人ではない以上、それ以上を尋ねることはできない。
莉央へ文章で確認した。
『水漏れは起きておらず、部屋は来る前日に解約していたと聞きました。今日中に、事実と今後の滞在予定を説明してください』
既読はついたが、返事はない。
代わりに遼介から電話が来た。
『莉央ちゃんを追い詰めるな。仕事を辞め、家賃も払えなくなっていたんだ』
「どうして知ってるの?」
『相談されていた』
「いつから?」
『数週間前からだ』
「私へ一度も話さなかった」
『君は真帆のことで神経質になっていた。妹の問題まで抱えられないと思った』
「抱えるかどうかを、私に決めさせなかったのね」
電話の向こうで溜息が返ってきた。
『家族を助けただけだ。君なら最終的には分かってくれる』
また、私の理解を先に使う。
莉央へ生活費を貸す。実家へ戻るまで数日泊める。転職先を探す。
相談されれば、選べる支援はいくつもあった。
莉央が選んだのは、事情を隠して夫婦の家へ入り、私のいない時間に遼介との距離を縮めることだった。
昼休みに過去のメッセージを確認すると、莉央から私へ最後に仕事の相談が来たのは三か月前だった。
『今の会社、合わないかも』
私は転職エージェントと資格講座の情報を送り、生活費が必要なら相談してと返している。
莉央の返信は、スタンプ一つで終わっていた。
助けを求める相手として、私を選ばなかったのではない。
私へ頼れば、姉に支えられる妹のままになる。遼介へ頼れば、姉より先に選ばれる女になれる。
たぶん莉央にとっては、その違いが何より大きかった。
助けてほしかったのではない。私より選ばれたかったのだ。
夕方、母からもう一度連絡が来た。
『莉央の元同僚から、会社の荷物をうちへ送っていいか確認が来た。退職は一か月前から決まっていたみたい』
衝動的に逃げてきたのではない。
住居の解約も退職も、我が家へ来る前に準備されていた。
水漏れという作り話だけが、私を断れない姉にするため後から足されていた。
橘の助言に従い、自宅に残っている私物を一覧にした。
父の形見の腕時計。専門医試験の資料。論文の原稿。母から贈られた食器。結婚前に買った家具の領収書。
写真を確認するため、共有クラウドを開く。
そこには、私が知らない写真が増えていた。
莉央がキッチンで料理をする姿。ソファで遼介の肩へ頭を寄せる姿。私のエプロンを着て、夫婦のマグカップを二つ並べた写真。
撮影者は遼介。
投稿はされていない。共有アルバムへ自動保存されたものらしい。
最初の日付は、莉央が家へ来る二週間前。
場所は、自宅近くのホテルのラウンジ。
莉央は水漏れを口実に現れる前から、遼介と二人で会っていた。
私は画像を直接編集せず、元データの日時と保存場所が分かる画面を記録した。橘へ送ると、すぐ返信が来る。
『証拠保全はこちらで行います。相手へ画像の存在を告げないでください』
画面の中で、莉央は遼介のネクタイへ触れている。
そのネクタイも、結婚一周年に私が贈ったもの。
妹は私の家へ入ってから妻の真似を始めたのではない。
来る前から、私が選んだ物と夫婦の記憶を使い、自分が後へ入る場所を測っていた。
帰宅すると、遼介はまだ不在。莉央は入浴中らしく、客間の扉が開いている。
私は荷物を荒らさず、目に見える場所だけを確認した。
キャリーケース二つ分だったはずの荷物は、段ボール六箱へ増えている。冬服、靴、化粧品、退職関係の封筒。短期滞在の量ではなかった。
机の上には、不動産会社の退去確認書が置かれている。退去日は、我が家へ来た前日。
その隣に、久世記念病院のパンフレット。
院長紹介と後継者予定者の頁へ付箋が貼られ、余白に莉央の字で書かれている。
『院長夫人になれば、一生困らない』
水漏れから逃げてきたわけではない。
仕事と住居を失って、姉を頼りに来たわけでもない。
莉央が欲しかったのは遼介と、私が持っている妻の場所だった。
そこまで分かってもなお、妹を信じたい気持ちがどこかに残っている自分が、ひどく情けなかった。
段ボールの上には、見覚えのあるワンピース。
遼介との初めての食事で着たもの。数年前、莉央へ譲った。
浴室から出てきた莉央が、私の視線に気づいた。
「それ、懐かしいでしょう」
「どうして持ってきたの」
「気に入ってるから」
「遼介との食事で着た服だと知ってる?」
「写真を見せてもらったよ。昔のお義兄さん、かわいかった」
「誰に?」
「本人に決まってるでしょう」
ワンピースを胸へ当て、姿見の前へ立った。
「私の方が似合うかも」
姉の服を着て、姉の夫の記憶へ入り込む。
私は退去確認書とパンフレットを撮影し、元の位置へ戻した。
「今日中に出て」
「お義兄さんが帰ってから話す」
「私が住んでほしくないと言ってる」
「でも、お義兄さんはいていいって言ってるよ」
私の横を通り、廊下の奥へ向かった。
その夜、リビングで待っているうちに眠ってしまったらしい。目を覚ますと、部屋は暗く、寝室の扉だけが閉まっていた。
時計は午後十一時を過ぎている。
扉へ手を掛ける。
開かない。
内側から鍵が掛かっていた。
中から、莉央の押し殺した笑い声が聞こえた。