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第四十八話:琥珀の結界、紅蓮の執念と忘却の霧
朧月館の中庭は、かつての静謐を失い、黄金色の霊圧と夜の闇が激しく衝突する戦場へと変貌していた。
僕が地下の玉座を立ち、直接この中庭に降り立ったのは、王としての威厳を示すためではない。僕の角が、そして館の回路が、侵入者である「彼女」を完全に掌握せよと、本能に直接訴えかけてきたからだ。
僕の背後には、白銀の髪を揺らす一花、扇で口元を隠し愉悦に瞳を細める玉藻、そして端末を叩きながら不敵に笑うカノンが控えている。
目の前には、数百人の陰陽師たちと、その中心で「黄金の光」を放つ一人の巫女がいた。
「――妖魔の王よ。その二本の角、我が錫杖にて打ち砕いてくれよう!」
九字機関の至宝、鏡華が叫ぶ。彼女が掲げる「天照の錫杖」の遊環が、チャリン、チャリンと、不浄を排斥する鋭い音を響かせ、周囲の兵たちの士気を鼓舞した。
「カノン、始めて。彼らはただ命令に従っているだけだ。傷つける必要はない」
僕が静かに告げると、カノンは「了解、旦那様! 慈悲深い王様のために、特製の『忘却の霧』を撒いちゃうよ!」と指を弾いた。
館の石畳から、濃厚な琥珀色の霧が噴き出す。それは兵たちの五感に優しく入り込み、戦う理由も、恐怖も、僕の姿さえも琥珀の澱みで洗い流していく。一人、また一人と兵たちが膝をつき、安らかな眠りへと落ちていく中、その霧を黄金の衝撃波で弾き飛ばし、一直線に僕へと肉薄する影があった。
翻弄:未熟な王と最強の巫女
「余所見をしている暇などないぞ!」
鏡華の錫杖が、空気を切り裂いて僕の側頭部を狙う。
僕は反射的に琥珀の障壁を展開したが、彼女の体術は僕の予想を遥かに上回っていた。
「甘いッ!」
彼女は空中で身を翻し、錫杖の石突で障壁の「節」を的確に突いた。パリン、と軽い音を立てて僕の守りが砕け散る。
僕はたじろぎ、後退しようとしたが、彼女の連撃は止まらない。黄金の光を纏った錫杖が、右、左、そして鋭い突きとして、目にも止まらぬ速さで僕を追い詰める。
「……っ、く……!」
僕は防戦一方だった。覚醒したばかりの膨大な霊力を、どう身体の動きに繋げればいいのか分からない。重厚な力を振り回すだけの僕に対し、彼女の動きは洗練された武芸そのものだった。
頬を錫杖の風圧がかすめ、琥珀の精霊力が火花のように散る。
「これが王の力か? 笑わせるな。器に振り回されているだけの操り人形ではないか!」
鏡華の冷徹な言葉が突き刺さる。彼女の錫杖が僕の胸元を捉え、凄まじい衝撃と共に僕は後退を余儀なくされた。肺の空気が押し出され、視界がわずかに揺れる。
禁忌:紅蓮の身体強化
だが、僕の背後で見守る一花と玉藻の、冷ややかでありながら確信に満ちた視線を感じた瞬間、僕の角が熱く脈動した。僕が折れれば、彼女たちを、この館を、僕が手に入れた「居場所」を守ることはできない。
その僕の変化を察知したのか、鏡華がさらに一段上の覚悟を決めた。
「……認めぬ。貴様のような者に、この地を支配させるわけにはいかぬ……。神よ、我が血を糧に、不浄を討つ力を!!」
彼女は錫杖を握っていない左手の人差し指を、躊躇いなく噛み切った。
鮮血が滴り、彼女の黄金の神力と混ざり合う。禁忌の身体強化術――。彼女の血管が浮き上がり、瞳が血の赤と神の金に染まる。
「――あああああぁぁぁッ!!」
空気が爆ぜた。
先ほどまでの速度とは比較にならない「紅い閃光」となって、彼女が僕の眼前に現れる。
陥落:王の権能と血の道標
ドォォォォンッ!!
衝撃波が中庭を震わせ、地面の石畳が捲れ上がる。今度は障壁を張る暇もなかった。だが、僕は逃げなかった。
「……捉えたよ」
僕はあえて彼女の錫杖を、そして血を流す彼女の左手を、僕の両手でがっしりと掴み取った。
「なっ……!? 貴様、この熱量の中で、なぜ動ける……!」
「君が血を流したからだよ、鏡華。その血が、僕に君の『回路』を教えてくれたんだ。僕の琥珀が、君の熱に惹かれて止まらないんだよ」
僕の掌から、濃厚な琥珀の霊力が、彼女の傷口と錫杖を通じて一気に流れ込んだ。
強化された彼女の神経系は、今や外部からの干渉を受けやすい無防備な状態。そこに、僕の「王の意志」が直接バイパスされる。
「あ、……が、あぁぁぁぁッ!!」
鏡華の絶叫が中庭に響く。
黄金色だった錫杖は、僕の手に触れたところからドロリとした琥珀色に染まり、彼女が命を削って高めた紅蓮の熱は、そのまま僕への「屈服」という名の快感へと変換されていった。
戦意が溶け、使命感が崩壊し、彼女の瞳には僕という支配者への圧倒的な渇望だけが宿っていく。
「神」を降ろしていた彼女の器が、今は僕の「琥珀」で満たされていく。
彼女の手から力が抜け、琥珀の杖となった錫杖がカランと地面に落ちた。彼女はその場に崩れ落ち、僕の足にしがみつきながら、荒い息を漏らした。噛み切った指の傷口からは、赤い血の代わりに黄金の雫が溢れている。
「……あ、るじ……様……。……私、を……壊して……上書きして……ください……」
「……いいよ。これからじっくり、僕の専属の巫女として教育してあげる」
僕は、かつて最強と呼ばれた巫女の髪を優しく撫でた。一般兵は去り、敵はいなくなった。ここには、僕を愛で、僕に仕える者たちしかいない。
月明かりの下、琥珀色に染まった中庭で、僕は新しい「家族」を迎え入れるための微笑みを浮かべた。