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石川の死は春日さんからの電話で知った。俺は頭が真っ白になってしまってなんて答えたのかすら覚えていなかった。春日さんは「おい、大丈夫か?」って言ってくれたけど、それにだって答えられなかった。
とりあえず事務所に来いって言われて、慌てて向かった。もしかしたら入院して生死の境を彷徨っているのかもしれない。それを春日さんが言い間違えたんだろうとずっと考えながら事務所に向かった。
親父の家には電気が点いていなかった。俺は奥の小屋に向かった。小屋では井上さんが肩を落として煙草を吸っていた。
「……木崎」井上さんは俺の姿を見ると弱々しくそう言った。そのひと言で俺は春日さんの言葉が間違っていないことを知った。
「春日さんから電話もらって。春日さんは!?」
「警察に呼ばれてる。親父は本部に呼ばれて行った」警察? 本部? 呆然と立ちすくんでいると井上さんは俺に座るように行った。俺が座ると、若者組のひとりがお茶を持ってやって来た。三人はいつものように床に座っていたが、寝そべったりしていなかった。三人だって不安だろうに。
「銃で撃たれたってことで警察が調べるってことになってよ。どこのどいつが撃ったか知らねえけど、場合によっちゃあコッチもやらなきゃならねえから」
井上さんはいつもの間の抜けた顔はしていなかった。どこかピリついていて、目だけギラついていた。
「親父が本部ってのはそのせいですか?」
「まあ。木崎はこの組が合併するって話は聞いてたか?」
井上さんは急に話を変えた。なんのことだろう。合併? そんなことはひと言も聞いてない。
「ウチの組は人数も少ないし、シノギも多くない。親父も高齢だ。それで若頭が〈鳴門組〉と一緒になったらどうだって話を進めてた。こっちは世話になるほうだから、だいぶいろいろ譲ったって聞いてる」
それって合併というより吸収じゃなかろうか?
「その話もあって本部に呼ばれてる」井上さんは長い息を吐いた。
「もし〈己龍会〉の奴らがやったってことになると厄介だけど」
〈己龍会〉とはウチの本部とは敵対する勢力だ。どうしてここでその名前が出てくるんだろうか。
「石川って〈己龍会〉の誰かと揉めてたんですか?」
「〈己龍会〉の二次団体の〈極翠会〉って知ってるか? 〈己龍会〉の総括委員長が組長やってる団体だ。そこの若頭の梨田の情婦にちょっかいをかけたって噂があってな」
「〈極翠会〉の梨田、ですか?」聞いたこともない名前だった。そもそも石川が他人のオンナにちょっかいをかけるなんて想像できなかった。
「俺も分かんねえんだ。〈鳴門組〉の奴らから聞いただけだから」井上さんは頭を掻いた。
ああそれで〈鳴門組〉が出てきたわけか。
俺は違和感を感じた。石川はモテるし雑食だ。それに『誰か一人と付き合うとか今は考えられねえな』というのが口癖だった。そんな石川がリスクを犯してまで他人のオンナに手を出すだろうか? しかも石川は俺と違ってそういう序列には気を遣うタイプだ。
「それだと警察もうるせえだろうし。兄貴が遺体の確認って名目で呼ばれてる」
それは確かに厄介だ。こんな小さい組なら解散させられてしまうかもしれない。石川の死でさえ受け止められないのに、全部がなくなってしまうとか俺には想像できなかった。
「まあ、親父か兄貴が帰ってくるまでは何もできねえよ」
井上さんはそう言って煙草の煙をゆっくりと吐いた。