それにしても、選手たちの様子は千差万別だ。
スポーツマンを彷彿とさせる快男児がいる一方で、明らかに凶状持ちと見られる溢者(あぶれもの)も幾人か混じっている。
かと思えば、さっきみたいなアホもいる。
ふと気をまわし、手近の自販機で購入したスポーツドリンクを件の一団に投げて寄越す。
いまだおっかなびっくりの風情ではあるが、これを受けて彼らは一様に謝意を示した。
「見ろよあれ」
「ん?」
窓際で手招きをくれる虎石に応じ、そちらへ歩みを寄せる。
やや曇りがちなガラスの向こうには、競技場の核心となる広大なグラウンドが敷かれていた。
周囲を段丘のように取り巻く客席の数は定かでないが、満杯に詰まった観衆によって一種モザイク画の様相を呈していた。
何とも言いようのない心持ちに駆られた葛葉は、なかばげんなりと近くのパイプ椅子に腰を落とし、にわかに頭を抱えた。
彼らがなにを目的に集まったのか、考えるまでもない。
血に飢えた猛獣とは言い得て妙だ。 これではどちらが獣か知れたものじゃない。
「……虎石っさん、あの人ら正気かな? なんでそう」
「正気の奴なんざ居るのかよ? 逆に」
「え?」
柄(がら)にもなく気弱な調子で問いかけたところ、不服そうに眉根を歪めた虎石は、これをぞんざいにあしらった。
その目線の促すままに耳を澄ますと、部屋のあちこちから剣呑なやり取りがひそひそと及んでくる。
“御遣とはどれほどのものか”
“優勝するのは俺だ”
“あのクソ野郎、今日こそぶっ殺してやる”
先の一団を見ると、ちょうどスポーツドリンクを水杯のようにしんみりと、あるいはいそいそと取りなしている所だった。
「なんで………」
「ケガすんのは怖かねえんだろ。 くたばんのも、たぶんな?」
葛葉自身、少なからず祭りの景気にあてられて、気がゆるんでいたのは確かだった。
たかが催しのひとつ、それとなくこなし、件の御遣に接近できれば重畳だろうと。
甘かった。
この試合にかけるそれぞれの意慾は本物だ。 また、刺激を求めて詰めかけた人々の邪(よこしま)な狂熱も。
それらが今、まるで煮浸した貲布(さよみ)のように、ずるりと纏わりついてくるような錯覚がした。
「血を見なきゃ収まらないことって、あると思う?」
「知りたくもねえな」
即座に鼻を鳴らした虎石だが、わずかに考え込む所作をして、やがて苦々しい口振りで応じた。
「場合によるだろ、そんなもん」
いつぞや任地で目の当たりにした惨状が、生々しい血風と共に脳裏を過(よぎ)った。
「リタイアすんならそうしろよ? 例の奴は俺がきっちりシメてやっからよ」
「いや……」
不遜な物言いで葛葉の心情を慮(おもんぱか)った矢先、彼はたちどころに総毛立つ感覚を知った。
まるで小規模の雷に、肌身を隈なく舐められたような。
この感触には覚えがある。 忘れる訳がない。
「やる気か?」
「やるしかないっしょ」
敢然と応じる彼女の眼に、迷いや逡巡の類はもう見て取れなかった。
どういった心境の変化があったのかは知れない。
単に決意を固めただけか。 もしくは何かしらのスイッチが入ったか。
そういった心根に呼応するように、大会の開幕を告げる鐘の音が、盛大に響き渡った。
観客の熱狂は最高潮に達しており、一種の悪意すら感じさせる歓声が、砲撃のようにガンガンと降ってくる。
それは選手間も同様で、耳障りな蛮声や雄叫びがあちこちから上がり、腹を括ったはずの葛葉を再三にわたり辟易させた。
「天野葛葉さまー! 準備のほうお願いしまーす!」
「は?」
なおのこと、そんな風にお呼びが掛かれば埓もない。
グラウンドを見ると、件の町長が即席の壇上にのぼり、熱のこもった演説をこなしている。
「……ホント、いいツラの皮だよね? あのおっちゃん」
「一発目は……、さすがにな」
「この会場、端(はな)っから平らになったらどうなるか考えてないんかね?」
「お前……」
途端に眉をひそめた虎石が、珍妙な顔でこちらを見た。
これにニッカリと心丈夫な表情を宛てた葛葉は、スタッフの求めに応じ一室を後にした。