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病室の中では、いつも静かな時が流れていた。点滴の落ちる音と、電子音。
看護師さんが毎日「お加減どうですか?」「お水、飲めますか?」と声をかけてくれても、
涼ちゃんはただぼんやりと天井を見ているだけで、喉をふるわせることはなかった。
ある日――
カーテン越しに、担当の看護師さんが話しかけた。
「涼ちゃん、少し外をお散歩してみる?
無理ならピアノの音楽でも流そうか?」
その瞬間。
長く動かなかった涼ちゃんの瞳が、ふいに大きく見開かれた。
微かに、指先もぴくりと動いた。
「……ピアノ……?」
その小さな声に、看護師さんは驚いて顔を上げた。
𓏸𓏸もすぐにベッドの傍らに身を寄せる。
「涼ちゃん、ピアノ弾けるの?」
看護師さんが優しく問いかけると、
涼ちゃんはとてもか細い声で、
「……弾きたい、また……」と、つぶやいた。
その瞬間、病室の空気がわずかに緩み、
𓏸𓏸の目には喜びとなみだが滲んだ。
「……うん、また弾こう。絶対一緒に聴きに行こうね」
𓏸𓏸がそっと手を握る。
涼ちゃんの表情は、まだ弱々しいけれど、
ピアノの話題になると、ほんの少し瞳に光が戻った気がした。
病室に静かな希望が、ふわりと満ちていく――
そんな、忘れられないひとときだった。