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近づいてみる。離れてみる。しゃがんでみる。立ってみる。靴の紐を結びなおし、Yシャツのネクタイをはずしてポケットに突っ込んだ。鞄をたすき掛けにし、モルタルのへこみに右手を掛け、続いて左手を掛けた。右足を岩のくぼみに差し入れる。右手と右足に力を入れると身体が持ち上がった。左手を伸ばしてレンガの出っ張りを掴む。左のつま先が壁のでこぼこを探る。手元のレンガが暗くなる。頭上に枝が伸びていた。太さは俺の肩幅くらいあった。城壁と枝の隙間に身体を入れて反転し、枝に上半身を預ける。葉が音をたてた。額の汗を拭くと、人差し指と中指が光った。濃茶の地面が遠い。黄緑色の雑木林。耳を澄ますと、ゴーッという街の音が、心臓の鼓動の中に遠く聴こえる。カタッカタッという、貨物列車がレールの継ぎ目を通る音がかすかに混じっていた。俺の知っている世界の音は、この巨大な壁まで来て終る。もし言葉が話せたのなら、猫は何が言いたかったのだろう。ふとそんなことを思ってみた。