「萌夏ちゃんとっても綺麗だな」
控室に入ってきた空が挨拶もそこそこに褒めてくれた。
「ありがとう」
お互いに屈折した性格のいとこ同士。
一見正反対に見えるが、意地っ張りなところも、わがままなところも、血のつながらない親にコンプレックスを抱えて素直になれないところもよく似ている。
「さすが宮家の式だけあって厳かだ」
宮家縁の寺院を貸切って行われる婚儀。
豪華というよりも厳粛で荘厳な雰囲気だ。
「お前たちの式もよかったぞ」
「そうか?」
先月、年末の忙しい時期に行われた空と礼の結婚式。
郊外の小さな教会で身内だけが集まり、俺も萌夏もうちの両親も参列した。
シンプルだけれど仕立てのいいウエディングドレスを着た礼は、子供がいるとは思えないほど綺麗で初々しかった。
「礼のあんな幸せそうな顔初めて見たよ」
長い付き合いの俺は素直に口にしてしまった。
「ふーん、俺の前ではいつも幸せそうだぞ」
少しだけ不機嫌になった空。
ククク。
面白い。あの空がやきもちを妬くなんて。
俺は吹き出したいのを必死にこらえた。
十代の頃、悪い男ばかりにつかまっていつも泣いていた礼が気になって仕方なかった。
まだ子供だった俺から見ても、なんて男を見る目がない奴だと呆れるほど。
だから、ずっと心配だったんだ。
それが、
「礼と空が夫婦ねえ」
何度考えてもおかしくて、声に出てしまった。
「何だよ」
文句あるのかよと、空は俺を睨んだ。
***
俺は空のことも礼のことも昔から知っている。
お互いに血のつながらない父親を持ついとことして共感する部分もあるし、平石財閥を背負う窮屈さも同じだ。
ただ俺と空が違ったのは、自分に素直になれたかどうか。
小心者で意気地のない俺は父さんに反発することも自分の思いを表現することもできなくて、優等生でできのいい息子を演じることしかできなかった。
世間的に見れば俺はできのいい跡取り息子で、親の言うことを聞かず問題ばかり起こす空は不出来な息子だったのかもしれない。それでも、嫌なことは嫌とはっきり言う空が俺はうらやましかった。
あいつのように生きたいといつも思っていた。
「遥」
ん?
急に空に呼ばれ、顔を上げた。
「何だよ」
その神妙な表情に、一体何を言うつもりなのかと恐怖心がよぎる。
「お前、幸せになれよ」
「はあ?」
何を言っているんだと口が開いたままになった。
「お前、ずっと無理してきただろ。だから・・・」
「空」
誰よりも身近にいて、境遇的にも俺に共感できる男。
一見わがままに見えて、実は計算高くてきれる奴。
高野空はそんな人間だ。
こいつだけは俺のすべてをお見通しらしい。
「お前が転べば、平石が危ういんだからな」
「空、お前がそれを言うな」
お前だって平石を担っていく人間の1人だ。
***
トントン。
「はい」
ノックの音がして返事をした。
「ああ空、ここだったのね」
入ってきたのは礼。
どうやら空を探していたらしい。
「どうした?」
何があったんだと空が振り返る。
「大地の姿が見えなくて」
キョロキョロとあたりを見回しながら、礼が探している。
「おふくろたちの控室は?」
「見たけどいないの」
「ったく、探してみるよ」
「ごめんね」
「いいさ、いそうな場所の見当はつくし」
話し終わるより先に空は出ていった。
「遥もごめんなさい忙しい時に」
「イヤいいんだ」
「あの、本日はおめでとうございます。萌夏ちゃんとっても奇麗ね」
「ありがとう。礼も着物が似合っているよ」
「そう?お母様とお父様がわざわざ用意してくださったの」
嬉しそうににっこりと笑った礼。
「幸せそうだな」
「ええ、とっても」
十代のころから自分の力で生きてきた礼は、こんな風に誰かに甘えたことはなかったんだろう。
今までずっと頑張ってきた分も幸せになってほしいと俺は思っていた。
「よかったな」
「うん」
「礼―」
廊下から聞こえてきた空の声。
***
「見つけたぞ」
大地の腕を引きながら、入ってきた空。
連行されてきた大地はふてくされた顔で礼を見ている。
「どこにいたの?」
「琴子おばさんの部屋だ」
「もう、大地っ」
「礼、こんな日に怒るなよ」
まあまあと空がなだめている。
最近思うんだ。
空が陸仁おじさんに似ているように、大地は空に似ている。
いたずらっ子で、ちょっとわがままで、ずる賢い。
今だって、今日来ているメンバーで誰が一番自分を守ってくれるかよくわかっている。
母さんなら絶対に怒らないし、空も礼も母さんの前では叱りにくい。大地はちゃんとわかっているんだ。
「大地も、今日は萌夏ちゃんと遥兄ちゃんの結婚式だからチョロチョロするな」
「はぁい」
「じゃあ、パソコンはしばらく没収」
「ええー、やだよ」
「ダメ、大体パソコンは勝手に外へ持ち出さないって約束だっただろ」
「だって・・・」
「約束守れないならこれはおじいちゃんに返すぞ」
「ダメ―」
返してと手を伸ばした大地からパソコンを遠ざけて、空は自分のカバンにしまってしまった。
「家に帰って、宿題を終わらせたら返してやる」
「本当?」
「ああ。だから、おじいちゃんの所に行ってこい」
「はーい」
さっきまで泣きそうな顔をしていた大地は嬉しそうに駆けていった。
かわいいな。
2人の様子が微笑ましくて、俺は笑顔になった。
***
トントン。
「失礼します。お式が始まりますので神楽殿へお願いいたします」
「はい」
巫女さんが呼びに来て、俺は腰を上げた。
ここは桜の宮家の縁の都内でも大きな神社。
長い参道の先に拝殿があり、新年の参拝には俺も来たことがある場所。
拝殿の奥にあるのが神事が行われる神楽殿。
そして、さらに奥深く一番奥まったところに本殿があり神様がいらっしゃる。
本殿は特別な場所で、普段は神職以外の者が入ることはできない。
「では、お願いいたします」
別の控室にいた萌夏もそろい、俺達の前の扉が開く。
そこには大きな畳の広間があり、正面には神様が祀られていて、その手前に新郎新婦の席がある。
部屋の左右一列にそれぞれの親族が座っていた。
足を踏み出すと同時に雅楽の音が聞こえてきて、俺も背筋が伸びた。
「祝詞奏上」
「三献の儀」
「誓詞奏上」
「玉串奉奠」
聞いたこともないような難しい言葉が続き無事に式は終わった。
その後はごく親しい人たちだけの食事会。
桜の宮家のお二人と、うちの家族、空と礼と大地と陸仁おじさん夫妻だけでテーブルを囲むことになった。
***
「本日はありがとうございました」
まず父さんが挨拶をした。
「どうぞ末永くよろしくお願いたします」
創士さんも立ち上がって頭を下げる。
この瞬間、俺はとても不思議な気分になった。
創士さんは萌夏の戸籍上の養父で、俺にとっては生物学上の父。
平石の両親は俺のことを育ててくれた育ての親。
礼にとってうちの両親が親代わりの存在。実際、先日行われた礼と空の結婚式では父さんが礼とバージンロードを歩いた。
空にとっての陸仁おじさんは血のつながらない父。
そして、
萌夏も礼も大地も、結婚することでそれぞれの新しい家族となった。
こうして考えると、家族って何だろう。
血のつながりって何だろう。
「オイッ」
ペシッ。
考え事をしていたらいきなり後頭部をはたかれた。
「何だよ」
振り返るとやはりそこにいたのは空。
「お前、あんまり難しいことばかり考えているとはげるぞ」
「はあ?」
この祝いの席にいきなりなことを言われて、ムッとしてしまった。
「お前のことだから、血のつながりがどうのとか、親だからどうのとか考え込んでいるのかなって思って」
「何だよそれ。空、お前もう酔ったのか?」
「酔ってない。それに俺はざるだって知っているだろう」
「ああ」
そうだった。
そんなところまで陸仁おじさんに似やがって。
空が酒に酔ったところは一度も見たことがない。
「俺は、空みたいにお気楽になれないんだよ」
つい本音が出た。
きっと、これは酒のせいだ。
***
「何でだよ、お前が望むのは萌夏ちゃんだけだろ」
「そうだけど」
そんなに簡単な話じゃない。
宮家の事情だって、平石の家のこともあった。
みんなにとって一番いい方法をと考えると、
「みんなに良い顔しようとするからだろ」
「空、お前・・・」
絶対酔ってるだろう。
「自分の欲しいものだけのためにわがままになれよ。それで何かを失うなり非難されるときは甘んじて受け入れろ。それくらいの覚悟がなくてどうするんだよ」
そうだな。空はそうやって生きてきたんだよな。
でも、俺は・・・
「遥、お前は自分が思っているほど小さくはないぞ。何が起きてもお前なら耐えられるはずだ。自信を持て」
「しかし」
「何でだよ。平石の御曹司が多少自己中で何が悪いんだよ。もう孝行息子でいる必要もないだろう」
俺だって自分を犠牲にして人に尽くすつもりはない。
ただ、父さんや創士さんの気持ちがわかってしまったから。
「これからは萌夏ちゃんのことを一番に考えろよ」
「ああ」
「会社のことなら俺が手を貸すからな」
「あぁ、ありがとう」
最後にグラスをカチンと合わせて、空は離れていった。
俺とは違う意味で、空はすごい。
あんな風には生きられないけれど、これからは萌夏だけを見て生きようと俺は心に決めた。