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――リンゴを無限に増やせるんやないか?
そう思ったワイは、ボロッボロの農地をタダ同然で借りて、実験を始めた。
見渡す限り荒れ果てた土地。地面はひび割れ、雑草すらまばらで、遠くには枯れ木がぽつんと立っとる。風が吹くたび、砂ぼこりが舞い上がり、ワイの服を薄く覆っていく。正直、この場所を見た瞬間、ちょっとだけ後悔した。「ほんまにここでええんか……?」って。けど、今さら引き返すわけにはいかん。ワイには【ンゴ】があるんや。
「……ま、やるしかないわな」
自分に言い聞かせるように呟き、懐からリンゴを取り出す。赤く艶めいた表面が、夕日に照らされてほんのり輝いとる。なんの変哲もない、ただのリンゴや。けど、こいつがワイの夢の第一歩になる。
「ほな、いくで」
スキル発動――【ンゴ】。
ぼんやりとした光がリンゴの周りを包み込み、次の瞬間、手のひらにもうひとつ、リンゴが現れる。……何度見ても不思議な光景や。普通ならありえへん現象。でも、これはワイの持つスキルや。もはや疑う余地はない。
「よっしゃ、増えたな。でも、ここからが本番や」
これがもし、ただの食い物増殖スキルやったら、それだけで終わる話や。確かに、目の前のリンゴを念じるだけで二つに増やせるんは便利や。飢えを凌ぐには十分すぎる力やし、商売に活かせば一財産築くこともできるやろう。けど、それじゃあただの小手先の錬金術や。念じて増やすだけやと限界がある。食ったら終わり、売ってしまえばまた最初からやり直しや。
でも、ワイの目的は違う。ワイが試したいんは、リンゴをただ倍にするんやなく、「育てる」ことができるんかどうか。その違いはでかい。ただの増殖じゃなく、生命としての循環を生み出せるなら、ワイのスキルは単なる応急処置やなく、世界を変える手段になり得るかもしれへん。
「ほな、次やな」
ワイはリンゴの皮を剥き、慎重に種を取り出した。指先に果肉のぬめりが残る。こいつをこの土地に植える。普通の農業なら、ここから発芽まで数週間、いや、下手すりゃ数ヶ月かかるやろう。せやけど、【ンゴ】があるなら話は別や。ワイの直感はそう告げとる。
「さぁ、どうなるかやな」
ワイは種をパラパラと土に埋め、水をかけた。そして、意を決してスキルを発動――【ンゴ】。
……。
…………?
「お、おぉ……!」
目の前の土が、ほんのわずかに盛り上がる。そして、ピキッと表面が割れ、小さな緑の芽が顔を出した。
「マジか……ホンマにいけるんか、これ……!」
ワイは思わず息を呑む。たった数秒で発芽した。これはもう、常識外れもええとこや。けど、驚いてる暇はない。この芽をまた増やしてみたらどうなるんやろ?
「……やるしかないな」
ワイは再び【ンゴ】を発動。
次の瞬間、芽が二つに増えた。さらにもう一度。四つになった。もう一回。八つ。十六。三十二……。
「これ、ほんまにヤバいな……」
自分でも引くぐらいのスピードで、芽がどんどん増えていく。いや、増えるだけやなく、成長速度も普通の比じゃない。数分後には、すでに膝丈ほどの苗木が広がっとった。
「これ、一本だけに集中したら……すぐにでも収穫までいけるんちゃうか?」
ワイは半信半疑で足元の苗木を見つめた。まだ頼りなさげな幹がひょろりと伸び、細い枝がわずかに揺れている。葉は小さく、まだ青々としていたが、もし本当にこれが一瞬で成長するのなら——。
「……試してみるか」
ワイはぐっと息をのむと、意を決して一本の苗木にだけ意識を集中し、【ンゴ】をかけてみる。指先からほのかな力が流れ込み、苗木に触れた瞬間——
「うわっ……!」
目の前の苗木が、爆発するように成長を始めた。幹がみるみる太くなり、まるで時間が早送りされているように枝が広がっていく。葉は青々と茂り、やがて艶やかな緑からふっくらとした赤みを帯びた果実へと変わっていった。
リンゴや。
しかも一つや二つやない。枝という枝にたわわに実をつけ、今にも枝が重さに耐えかねてしなりそうなくらいや。
「……っは~~……」
ワイは言葉を失いながら、思わず頭を抱えた。
「こんな……こんなこと、ほんまにあってええんか……?」
――そして、一週間後。
そこには一面に広がるリンゴ畑があった。木々はすくすくと育ち、実はどれも大きく、色艶も完璧や。香りが風に乗って広がり、果樹園全体が甘い匂いに包まれとる。
「おお……これは……」
ワイは一つもぎ取り、そっと口に運ぶ。果汁が口いっぱいに広がる。甘い。めちゃくちゃ甘い。
「やば……ヤバすぎるやろ、これ……!」
思わず吹き出した笑いを手の甲で拭う。震える指先を見つめ、ワイは確信した。これはただのリンゴやない。革命や。世界を塗り替える可能性を秘めた、神の果実や。
陽の光を浴びて艶めく果実は、どこまでも瑞々しく、指でそっと撫でれば、張り詰めた皮の下から甘い香りがふわりと立ち上る。かじれば果汁が弾け、舌を絡めとるような濃密な甘みが広がる。こんなもん、今までのリンゴとは別モンや。常識を破壊する味や。
ワイはゴクリと唾を飲み込んだ。
「……よし、決めた」
躊躇なんていらん。世界にこのリンゴの味を知らしめる。それがワイの使命や。ワイは収穫したリンゴをカゴに詰め、一歩、また一歩と街の中心へと歩を進めた。心臓が高鳴る。この足取りが、歴史の転換点になるかもしれへんのやから。
市場に着くと、人々は雑多な声を上げながら行き交っていた。肉屋の威勢のいい呼び込み、パン屋から立ち上る香ばしい匂い、八百屋の店先で交わされる値切り交渉――活気に満ちた空間に、ワイはゆっくりと足を踏み入れる。
しかし、現実は甘くなかった。
「なんだ、この怪しいリンゴ……」
「見たことない品種だな。毒でも入ってるんじゃないか?」
好奇の目が刺さる。期待とは裏腹に、警戒の色が濃い。無理もない。こんなリンゴ、誰も見たことないんやから。
けど、ワイは動じん。
「試食してみぃや」
そう言って、ワイはナイフでリンゴを一口サイズに切り分けた。ひとりの男が訝しげに手を伸ばし、恐る恐る口に運ぶ。その瞬間――
「……甘っ!」
男の目が見開かれる。次の瞬間、周囲の空気が変わった。
「え、うそだろ!? かなり美味いぞ!」
「どこから仕入れたのですか!? こんなリンゴ、初めて食べました!」
一口食べた者が次々に驚愕し、あっという間に噂が広まる。瞬く間に人だかりができ、ワイのリンゴは飛ぶように売れた。
熱気、興奮、ざわめき――。
ワイは胸を張った。
リンゴと言えばこのワイ、ナージェ。
それほどまでに話題となったんや。