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そあふぃー
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――今日から、黒瀬瑞樹を徹底的に無視する。
洗面所の鏡の前で、柊吾は目の下にできた隈をさすりながら、固く心に誓っていた。
(そうだ。隣人として最低限の挨拶はしても、それ以上は関わらない。母さんの手料理のお礼も、今後は玄関越しに丁寧にお断りする。ベランダにも出ない。動画も見ない。全部忘れる……!)
冷水で顔を洗い、ぞんざいにタオルで顔を拭う。昨夜の夢の残像――全裸で押し倒され、耳元で囁かれたあの淫らな声と感触を強引に脳外へ弾き出した。
大丈夫だ。あいつはただの隣人。自分はただの介護者。接点なんて意識して断てば、いくらでも避けられる。
そう自分に言い聞かせ、少しだけ気持ちを落ち着かせて台所へ向かった。朝食の準備をしようと、冷蔵庫から玉子を取り出した――その時だった。
コンコン、と。
扉をノックする、軽やかな音が響いた。
「――――っ!?」
心臓がドキンと跳ね上がり、柊吾は手に持っていた玉子を落としそうになった。
(な、なんで朝から……!? チャイムじゃなくてノック……!??)
時計を見れば、まだ朝の八時を過ぎたところだ。居留守を使おうか一瞬迷ったが、ノックの音に反応した真理子が「あら?」と寝室から顔を覗かせたのを見て、柊吾は絶望した。母さんが開ける前に自分が対応するしかない。
柊吾は生きた心地がしないまま、半歩ずつ足を前へ進め、意を決してドアノブを回した。
「……は、はい」
「おはようございます、柊吾さん。朝早くにすみません」
ドアの隙間から現れたのは、いつも通りの、清潔感のあるスウェット姿の瑞樹だった。
銀縁の眼鏡。整った眉。優しげな目元。どこからどう見ても「親切な隣人」そのもので、昨夜のベランダで見せた紫煙の横顔も、夢の中のドSな色男の面影も微塵もない。
(うっ……顔が見られない……っ! 昨夜の夢があまりにも鮮明すぎて、まともに目を合わせられない……!!)
柊吾は必死に視線を泳がせ、瑞樹の喉元あたりを凝視した。
「あの……何か、用ですか」
「ええ。差し出がましいかなとは思ったんですが、少し気になっていて……。柊吾さん、お母様の『介護申請』って、もうされていますか?」
「……え?」
聞き慣れない単語に、柊吾は首をかしげた。
「かいご……しんせい……?」
「……あぁ、やっぱり」
瑞樹は納得したように少し目を細めると、困ったように眉を下げて苦笑した。
「失礼しました。もしかしてご存じないかなと思って、念のため手元に資料をまとめて持ってきたんです。これ、よかったら見ていただけますか?」
そう言って瑞樹が差し出してきたのは、綺麗にホチキス止めされた数枚のA4用紙だった。手書きで丁寧にまとめられた見出しには、『要介護認定申請の手引き』と書かれている。
コメント
1件
柊吾の「無視する!」決意→直後の瑞樹さん登場の流れ、そのギャップがもう最高でした。昨夜の夢の記憶と、淡々と介護申請の資料を差し出す現実の瑞樹さん……柊吾の気まずさが痛いほど伝わってきて、思わず笑ってしまいました。でも、ただの隣人じゃない、ちゃんと柊吾の状況を見て動いてくれる瑞樹さんの優しさに、じんわり来ました。この先、柊吾がどう心を開いていくのか、すごく楽しみです。