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「ちょっと……、目が痛くて」
香帆は、カフェの紙ナプキンで目を押さえた。
ハンカチを出す余裕がなかった。
「お忙しいから、疲れ目ですね」
香帆の判りやすい嘘に、桜志郎はサラリと合わせてくれた。
(優しい人だな)
その気持が香帆には嬉しかった。
桜志郎は24歳。香帆より5歳年下だ。
「塾の先生ですか。お偉いですね」
「いや、僕は教えてません。システムを開発しただけです」
桜志郎は仕事の話を始めた。
在学中に起業した〈塾経営〉が軌道に乗り、卒業後も続けていること。
講師は〈学生時代の仲間〉を雇用していること。
最近は〈オンライン講義〉の受講生が増えていること。
オリジナルの〈参考書〉を製作中で、全国的な販売を計画していること。
「僕は経営と企画担当です。うまくいってるのは仲間のお陰です」
「凄いですね」
香帆は素直に感心した。
この若さで経営者。なのに自慢気な様子はまるでない。
「儲けようとか、あまり考えてないんですよ。
一番心掛けているのは『勉強が苦手な子供』を減らすことです」
二コリと笑う桜志郎は、爽やかで眩しい。
(素敵な人と出会った)
(こんなに苦しいときなのに、心が和む)
香帆の、嬉しそうな苦しそうな表情を見て、桜志郎が言葉を続けた。
「でも経営と企画以外に、もう一つ役割があるんですよ。
子供たちの相談役です。悩みや不安を抱えている子供は多いですから」
『相談』
香帆が、いま一番したいことだ。
颯真の浮気相談は、結婚を反対していた美緒にも両親にもできない。
このカフェにも「どうすればいいか?」を考えにきた。
こんなに優しい人に『相談』できる子供たちが羨ましい。
私には、誰もいない……。
「何か悩みがありそうですね」
「え?」
「悩みのある人は、子供も大人も同じ目をしてる」
涙が溢れて、紙ナプキンで押さえた目だ。
腫れているのかもしれない。
でも、5歳も年下の独身男性に『夫の浮気相談』などできるわけがない。
しかも、出会ったばかりの人だ。
「いえ、悩みはないです」
「嘘ですね」
「……」
「誰かに話したら楽になりますよ」
そうかもしれない。
それに、何も知らない他人の方が、話し易い場合がある。
(この人は聞いてくれるかも)
優しく見つめる桜志郎に、香帆は悩みを話し始めた。