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動けないままのコユキに向かって、手にした杖をコツコツと突きながら歩み寄ったグローリアは、コユキの顔にその手を伸ばしたが、開いた掌(てのひら)には他の指と比べて、明らかに異常な長さの中指が見て取れた。
他の指の倍以上の長さの中指は、見つめ続けるコユキのコメカミへと触れた。
グローリアの中指は触れた相手が心に抱える『虚栄』を、記憶と精神に侵入する事で詳(つまび)らかにするのである。
昔、本人に聞いた事なので間違いはないだろう。
どんな、見栄を張っているのか、虚言で自分を着飾っているのか、見た目か学歴か経済力か恋愛に関する事か、ありのままの自分ではなく偽りのヴェールで周囲を謀(たばか)る事、それは『罪』である、PVを自分であげ捲ることもこれに当たる…… (ギクッ!)
コユキの中の『虚栄』を探っていたグローリアの眉間に深い皺が寄り、合わせるように驚愕の声を上げた。
「むうぅっ! な、何じゃぁっ!? こ、これはぁっ!?」
グローリアが見た、コユキの精神と記憶の断片は一体何であったのか、これからお伝えするのは、この数十年後彼女が私、観察者との間で交わした会話である。
「ねぇ、グローリア、僕のお婆ちゃんてどんな人だったの?」
「ん、コユキ様かい? そりゃあ『大きい人』だったのぅ、特に物理的な意味でのぅ」
「それ位は覚えてるよ、お婆ちゃんとお別れした時、僕もう三歳だったんだから! そうじゃなくて、グローリアが昔『大罪』だった時、『虚栄』だったんでしょ? どうだった、お婆ちゃんの『虚栄』ってやっぱり凄かったの?」
「うむ、コユキ様の『虚栄』か、そうじゃのぉ~」
そう言うと私の記憶の中のグローリアは、懐かしそうな視線を境内の上を流れる白い雲に向けたのであった。
ややあって、語り出した彼女の話は驚くべきものだった。
「コユキ様は正直なお方じゃった、普段から自然体で過ごされていて、自分の悪い所や欠点、そのどでかい体型すらも隠す事無く平気で曝(さら)け出し、人前で屁をしても尚『なはは』と笑い飛ばす、『虚栄』とは対極の存在、正に『真なる聖女』その物であったのじゃ…… ただし」
「ただし?」
「現実世界での『真なる聖女』、コユキ様の潔癖さは仮想空間にまでは及ばなかったのじゃよ」
「仮想空間? ゲームとかヴァーチャル空間って事?」
「ああ、そうじゃ、最近はちと下火になってしまったようじゃが、その昔、コユキ様と善悪様はソシャゲのオンラインRPGを嗜(たしな)んでいたのじゃがな、コユキ様はゲーム内で知り合った友人達に対して、リアルの自分を、そうじゃな? 平たく言うと、ちと、盛っていたのじゃよ」
「へ――、でも多少はそういう事もあるよね、ね、ね、お婆ちゃんどんな感じで盛ちゃっていたの?」
「うむ、そうじゃな、どこから行くか? うん、先ずは家庭環境からか――――」
そう言ってから、グローリアが話してくれたスペック詐欺の内容は次の通りであった。
・父親はヨーロッパの王族だったが、今は王籍から離脱して世界有数の投資家として有名でありお金は幾らでもくれる。
・母親は現役のハリウッド女優だが、名前を出す事は堅く禁じられている。 古臭くて嫌んなっちゃうわ。
・妹はパリを中心に活躍している新進気鋭のデザイナー。 モデルをやってって頼まれるけど断るのも一苦労よ。
・彼氏がいなかった事はないが、恋多き女とか言われるのは甚だ(はなはだ)心外、迷惑千万!
・自分は飛び級でハーバードの博士課程を終え、今はケンブリッジで教鞭(きょうべん)を取っているけど、専門の量子力学一本に搾りたいなー。
「他にも、宝くじ、メガミリオンで百億当たったけど、即日全額寄付したわ、じゃとか、課金しなくても無料ガチャでスーパーレアしか出ないのよ、じゃとか言い振らしていたそうじゃ」
そう言ってもう一度懐かしそうに雲に目を向けていた。
たぶんその原体験となった記憶を、今正に目にしたのであろう、グローリアは再び叫んだ。
「な、何と言う巨大な『虚栄』じゃぁっ! こんなもの、かるめ焼きを洋菓子だとか、サイズ直しを洋裁だとかセコイ見栄を張っていただけのアタシにどうしろと言うのじゃぁ! あとやった事と言えば、生命保険金を掻っ攫う(かっさらう)ために、担当していた女に親切めかして近付いた位じゃし…… そんな小さい虚栄など、無垢(むく)、無罪、無実、そうじゃったのか! アタシは何の罪も無い普通の女に過ぎなかったのじゃ…… これから、一体どうすれば…… はっ! そ、そうじゃ! このお方、聖女様にお仕えして、一から虚栄を学び直すのじゃ! 聖女様! アタシの忠誠を貴方様にお捧げしますのじゃ! どうか、お受け取り――――」
縋る(すがる)ように話していたグローリアであったが、コユキへの忠義を口にした途端に『ドヒュッ』って感じで城の外に飛んで行ってしまった。
イメージで表現すると『金角!』の声に答えた金角が、悟空の持つヒョウタンに吸い込まれる感じと言えば分かって頂けるであろうか?
一人残されたコユキは自由になった体の動きを確かめた後、思わず呟いた。
「途中でメチャクチャ物騒な事を言ってたみたいだけど…… 一体何を見たと言うの? 恐ろしいわね……」
そして、内心でお腹が空いたわ! と軽くキレながら、二階へと続く階段を上って行ったのである。