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「おいでー。おーよしよし、怖かったねー。助けに来たからねー♡」
放心気味のアリエッタを優しく引き上げるミューゼの顔は、愛玩動物を溺愛する飼い主の様になっている。
「ほい総長、これで見えるのよ?」
「ふぅ、ふぅ……たすかったぞパフィ。ようやくうごける!」
そのミューゼの上に乗っているパフィが手を伸ばし、摘まみ上げるようにピアーニャを救助した。アリエッタの拘束から解放されて、実に嬉しそうに手を伸ばした。
しかしその喜びも一瞬の事、周囲の残り火と、燃える蔓を見て顔をしかめた。
「パフィおまえ……」
「アリエッタを泣かすヤツは、このナイフでカットステーキにしてやるのよ……」
冷たい殺意を込めた視線を『スラッタル』に向け、暗く深い場所から囁くような声で物騒な事を言っている事も気になるが、ピアーニャが一番気にしている事は別にある。
「なんでこんなジョウタイになっておるのだ?」
アリエッタに抱かれ、最後に見た光景と全く違う現状に、疑問以外は何も無い。ピアーニャの問いに、パフィは簡潔に答えた。
「愛情の力なのよ」
「いや、うん。たのむからセツメイしてくれ」
「ミューゼがぶっ飛んで来たのよ」
「もっとわけがわからん!?」
呑気に話しているが、今は蔓が近寄ってこない。というのも、辺りの蔓は燃えていて再生出来ていないのである。
こうなったのは、パフィの言うとおり、ミューゼが飛んで来たのが原因。遠くにいながらも何かがブチ切れたミューゼは、辺りのバルナバの実を木まで急成長、槍の様に変形させ、『スラッタル』を貫いたのだ。その時の勢いでアリエッタの元へと飛びかかり、ぎりぎりの所で蔓に捕まったのだった。
そのノリと勢いを利用したのがパフィ。串刺しの衝撃によって蔓が揺れ、自分も大きく揺れたところでミューゼが接近。近くの蔓をフォークで捕まえ、ミューゼの上へと移動した。そのままナイフを振るい、周囲の蔓を焼き斬ったのだ。
そして今に至る。
無事にアリエッタとピアーニャを助けた空中の4人に、下から声がかかった。
「おーい! パフィー! ピアーニャー!」
「ん?」
ネフテリアの声に気付き、下を向いたパフィ達。見えたのは、蔓に絡み取られたネフテリア達だった。
「…………何やってるのよーテリアー! パンツ見えてるのよー!」
「うるさーい! 服も着てないやつに言われたくなーい!」
下で順調に蔓を切り払っていたコーアンが、いきなりの出来事に驚いて蔓に捕まってしまい、そのまま流れるようにツーファン、ネフテリア、オスルェンシスと捕まっていったのだった。
足が上になるように吊られてしまい、恥ずかしい状態になってしまったネフテリア。近くに男達がいる事を覚えているので、必死になってスカートを押さえている。
オスルェンシスも逆さになっていて、ローブ風の服がめくれている。その中はただ闇が広がっているが、オスルェンシスとしてはそれ自体を見られるのが非常に恥ずかしいようだ。
ツーファンは護衛として動きやすさも重視していた為スカートではなかったので、静かに打開策を練っていたりする。
そしてコーアンだが……白ワンピースが盛大にめくれてしまい、女物の下着どころか、鍛え上げられた腹筋まで見えてしまっている。なお、その下着からは見えてはいけないモノまでチラ見えしているので、パフィはネフテリアのパンツを注視して、コーアンを見ないようにしていた。
「とにかく1回降りてきてー! そして助けてー!」
「え~!?」
「嫌そうな声出すんじゃなーい! 『スラッタル』の弱点教えるからー!」
「よし、総長。下まで頼むのよ」
「をいをい……」
呆れながらも足場を準備。ミューゼに絡まる蔓も処理して、アリエッタ達はようやく下に降りるのだった。
途中で伸びてくる蔓はパフィが処理し、ミューゼはアリエッタに怪我が無いかを触診するふりをしながら、その柔らかい肌を堪能している。
「あうー……」(怪我とか無いよ? なんでそんなトコ触ってるの……うぅ……)
「うふふ、これは触診、大事な事だから、大事な事だから♡」
(なんか心配ないって言ってる…のかな? ミューゼ優しいからな。……うん、全部任せた方が良いに決まってるよね)
邪な気持ち満載のミューゼに対して、絶対の信頼を寄せるアリエッタ。これが幸か不幸かは、誰にも分からない。横で見ているピアーニャだけが、汚物を見る様な目でミューゼを見ていた。
『雲塊』が地上近くに到着し、パフィによって全員が解放。服を剝ぎ取られた男達も解放していった。うるさかったのと、服を着直してきてもらう為である。
全員水着美女達を名残惜しそうに見つめた後、その姿を真剣に脳裏に焼き付けながら走っていった。
「で、弱点って何なのよ?」
「ええと……」(くっそー、相変わらずでかいなぁ。そりゃあの人達も釘付けになるわけよ)
飛び降りたりナイフを振ったりした時に、間近で揺れ物をみてしまったせいで、なんとなく男達の気持ちが分かってしまったネフテリアだった。
「?」
「………………」(あぁ……)
パフィが首を傾げるその横では、ピアーニャがネフテリアの視線の意味を理解していた。
「で、ジャクテンは?」
「はっ……えっと……」
ネフテリアは空中で見た事を、アリエッタの面倒を見ているミューゼにも聞こえるように話した。
その間に『スラッタル』が動きを見せたが、ミューゼの木によって串刺しになっているせいで、蔓以外はほとんど動けないでいる。
それを見て、ピアーニャは確信していた。
「そのシッポがホンタイだというのは、ほぼまちがいないな。カラダのほうをつらぬかれても、これだけなんともないんだ。おそらくシッポをきるとかすれば、トウバツできるだろう」
ピアーニャの結論に異を唱える者はいない。
このまま討伐する為に近づく作戦を、簡単に決めた。近づいた後はそれぞれ何とかするという、かなり大雑把なもので、どうやって倒すとかは考えていない。臨機応変といえば聞こえは良いが、要するに『なんとか頑張れ』という事である。
いざ討伐に…というところで、ネフテリアはどうしてもミューゼに聞いておきたい事があった。
「ところでパルミラはどうしたの?」
そう、気絶したパルミラはミューゼに見てもらっていた。しかしそのミューゼはここにいる。
「それならクリムと王妃様がいるから大丈夫です」
「ああ、なるほど」
パルミラが倒れている方を見ると、たしかに2人いるのが見えた。『スラッタル』が大きく移動した時に、ミューゼと合流していたのである。
一瞬大丈夫かと悩んだネフテリアだったが、そもそもこれだけ巨大だと、近くも遠くもあまり危険度は変わらないと思い、納得した。
「それともう1つ……なんであんな問答無用で突っ込んできたの?」
ミューゼがアリエッタの為に攻撃的になるのは分かるとして、どうして声も聞こえるような場所にいなかったのに過激な登場をしたのかが、どうしても気になっていた。何か特殊な魔法でもあるのかと考えたネフテリアだが……。
「アリエッタの涙が落ちた音が聞こえたの」
「ふふ、素敵ですね」
「そ、そう……」(なにそれ怖い)
横で聞いていたオスルェンシスは、そのセリフに物語の王子に助けられるヒロインを思い浮かべ、微笑ましく思っていた。しかしネフテリアの方は、アリエッタが泣いたら例えどこにいても駆けつけかねないその気迫に、妙な納得感と共にちょっと引いていた。
「さて……コイツを仕留めるのよ」
「ええ、絶対に許さない」
気合も十分に、ゆらりと『スラッタル』に向き直り、不敵な笑みを浮かべるミューゼとパフィ。アリエッタをネフテリアへと預け、武器を手にオスルェンシスの近くに集まった。
その2人の背中を、アリエッタは熱のこもった眼差しで見つめるのだった。
「ほぁ……」(2人とも、かっこいい……)
(……どう見ても、恋する乙女の顔だわ。将来本当に結ばれちゃいそうね)
言葉はともかく、態度を隠せないアリエッタの素直な気持ちは、ネフテリアにもしっかり把握されていた。
「では、行きますよ」
オスルェンシスの号令によって、ミューゼ、パフィ、オスルェンシス、ツーファン、コーアンの5人は、影の中に沈んでいった。
「わちらもいくぞ」
その後すぐに、『雲塊』に乗ったアリエッタ、ピアーニャ、ネフテリアは、蔓や尾の届かない空中へと浮かぶのだった。
沢山の太い尾がゆらゆらと動く『スラッタル』の後部。斬り落とされていた尾の半分以上は、すっかり再生しきっていた。
長さだけならば『スラッタル』の全長よりも長いその極太の蔓は、その奥にある半透明の蔓の尾を護るように隠している。
「せああっ!」
「はっ!」
尾の近くに影から飛び出したのは、ツーファンとコーアン。
そのまま近くの細い蔓をバルナバの実で斬り、一時的な安全圏を確保する。
「よっ」
「フッ!」
続いてミューゼとパフィが影から出てきた。パフィの方はすぐに再生中の蔓に斬りかかり、燃やしていく。
最後に出てきたオスルェンシスが、それを見て疑問に思うが、今は話している場合ではないと、質問の代わりに技を繰り出した。
「【刃】!」
曲線を描いた薄い影が尾の1本へと伸び、下から半分ほど切り裂いた。しかし斬り落とすつもりだったオスルェンシスの顔が悔しさに歪む。
「! 足りないか!」
「そのまま押さえてろ」
間髪入れずに、コーアンが跳び上がり、上からバルナバの実で斬りつける。しかしそれでもギリギリ落ちない……が、
「おらぁ!」
上から思いっきり蹴った。すると、残りの部分は千切れ、地に落ちた。
「ミューゼさん!」
「【火の弾】!」
さらにミューゼがその切り口に、火の魔法を浴びせる。すると、尾は焦げ、再生がかなり遅くなるのだ。
パフィが細い蔓を焼き斬った事で再生が止まるのを知った時、全員が『これだ!』と思っていたのである。
再生を完全に止める事は出来ないが、燃えたり焦げたりしている部分を無くすというプロセスが発生するのは、討伐する為の十分な時間稼ぎになる。
「ミュイイイッ!?」
丸くなったまま固定されているせいで『スラッタル』の顔は見えないが、なんとなく焦っているという雰囲気を感じた。それはミューゼによる串刺しの時よりも明らかな手ごたえだった。
「どうやらアタリのようだな」
「うん、頑張った甲斐があったわ」
上空からその様子を眺めるピアーニャとネフテリアもまた、『スラッタル』の様子を見て推測を確信へと変えていた。
このまま何事もなければ討伐出来る…となれば、後はそれを確実にするだけである。
ピアーニャは、高く伸びた尾を見て、もう片方の『雲塊』を制御し始めた。
その横でネフテリアに抱かれているアリエッタは、下にいるパフィの事をじっと見守っている。
(よかった、ちゃんと燃えてる。あのよく分からないでっかいのをやっつけるまでは、頑張ってもらわないとね)
アリエッタが浮かべた黒い笑みには、ネフテリアもピアーニャも気づく事は無かった。