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太宰女体化
ヨコハマの喧騒が遠ざかり、重厚なカーテンが夜の帳を完全に遮断した室内。間接照明の微かな橙色だけが、ベッドに横たわる二人の輪郭を柔らかく縁取っていた。
中也♂は、腕の中に収まる太宰♀の細い肩を抱き寄せ、その絹のような肌に幾度も唇を落とす。先天的に女性として生まれた彼女の身体は、どこまでも脆く、そして美しい。指先で触れるだけで、その白磁の肌に赤い跡が残ってしまうのではないか。そんな危惧が、中也♂の動きを無意識に慎重にさせていた。
「中也……、ふふ、くすぐったいよ……」
太宰♀が、甘えるように中也♂の首に腕を回す。彼女の指先が彼の襟足をなぞるたび、中也♂の胸には、言葉にできないほど深い愛着と庇護欲が込み上げた。自分よりも二回りほど小さなその身体を、壊さないように、傷つけないように。彼はまるで、世界で最も貴重な宝物を扱う鑑定士のような、繊細な手つきで彼女の身体を愛撫していく。
最初の十分。その時間は、甘やかな対話の時間だった。太宰♀は、中也♂が自分を大切に扱ってくれることに、至上の幸福を感じていた。彼の手のひらが自分の体温を拾い、指先が敏感な場所を優しく掠めるたび、「愛されている」という実感が彼女を包み込む。彼女は蕩けるような瞳で中也♂を見つめ、彼が望むままに身体を預けていた。中也♂の優しさが、彼女にとっては一番の快楽だった。
「中也……大好き。私、中也とこうしている時が、一番幸せなんだよ」
太宰♀の唇から零れるのは、純粋無垢な愛の告白だ。彼女は中也♂に全てを委ね、彼の存在を感じることで自分の欠けた部分が埋まっていくような感覚に浸っていた。中也♂もまた、その声に応えるように彼女の額を優しく撫で、耳元で愛を囁く。
しかし、その幸福な光景が、中也♂の中に潜む「獣」を静かに目覚めさせていた。
彼が指を一本、彼女の柔らかな内腿に這わせるだけで、太宰♀は幸せそうに笑い、身をくねらせる。その仕草、その表情、その声。そのすべてが、中也♂の理性をじりじりと削り取っていく。
(ああ、クソ……。なんでこんなに、こいつは俺の心を掻き乱すんだ)
あまりにも無防備。あまりにも純粋。そして、あまりにも自分だけを求めている。その事実が、彼の中に「大切にしたい」という願いと表裏一体の、暗く、激しい欲求を呼び覚ます。
この細い首筋に深く牙を立てて、自分の印を刻み込みたい。その華奢な腰を掴み、自分の存在を暴力的なまでに刻みつけたい。彼女が快楽と衝撃に耐えかねて、形を失って崩れていく姿を見てみたい。
(……何考えてんだ、俺は。ダメだ、こいつは壊れちまう。俺が守ってやらなきゃいけねェんだ)
中也♂は自分の中の暴走しそうな衝動を必死に抑え込み、拳を握りしめた。荒くなりそうになる呼吸を整え、再び優しく彼女に触れようとする。だが、その葛藤は、あまりにも長く寄り添ってきた太宰♀の目をごまかせるものではなかった。
太宰♀は、中也♂の瞳の奥に宿る熱い、どろりとした欲望に気づいていた。彼が自分を想うがゆえに、その本能を押し殺していることも。
彼女は、中也♂の頬を両手で優しく包み込み、その視線を逃がさないように捉えた。彼女の瞳には、怯えなど微塵もない。あるのは、すべてを受け入れるという、底なしの慈愛と、彼への絶対的な信頼だった。
「中也……我慢しなくていいんだよ。壊れることなんて、怖くないから」
太宰♀が囁く。その声は震えていたが、それは恐怖ではなく、彼にすべてを奪われることへの期待によるものだった。
「私の全部、中也が好きにしていいんだよ。中也の中にあるものを、全部私にぶつけて……」
その言葉が、最後の一押しだった。
中也♂の中で張り詰めていたストッパーが、乾いた音を立てて弾け飛んだ。
「……後悔、すんなよ。太宰」
低く、重い声。中也♂の瞳から「優しさ」が消え、飢えた獣のような光が宿る。彼は太宰♀の腰を、骨が軋むほどの力で掴んだ。長い時間をかけた、執拗なまでの愛撫。彼女の身体はすでに、彼を受け入れるための準備を完璧に整え、潤い、熱を帯びていた。
中也♂は溜めらいなく、その最奥へと一気に侵入した。
「――っ!?」
太宰♀の口から、声にならない悲鳴が漏れる。今まで経験したことのない、衝撃的なまでの重みと熱量。内側から全てを塗り替えられるような圧倒的な感覚に、彼女の視界は真っ白に染まった。
中也♂はもう、止まらなかった。先ほどまでの繊細な愛撫が嘘のように、彼は本能のままに彼女を突き動かす。彼女の腰を掴む指先は強く、逃げ場を塞ぐように彼女をベッドに沈め込んだ。
激しい。あまりにも、激しかった。
中也♂の衝動は、嵐のように彼女の身体を翻弄する。重力そのものを叩きつけられているかのような圧力。一突きごとに、太宰♀の思考は断片化され、ただ「中也がいる」という強烈な実感だけが脳を支配していく。
太宰♀は、声を出すことさえ忘れていた。あまりの快楽の深さに、喉が癒着したように閉ざされ、肺から空気が押し出されるだけで精一杯だった。
「あ、……ぁっ、……」
漏れるのは、蚊の鳴くような、掠れた断片的な音だけだ。それは言葉にすらならない譫言。中也♂の名前を呼ぼうとしても、快楽の波がそれを飲み込み、彼女を奈落の底へと引きずり込んでいく。
彼女の身体は、中也♂の激しい動きに翻弄されながらも、必死に彼に食らいついていた。余裕など、どこにもない。ただ、彼から与えられる衝撃と熱に耐え、それを愛として受け止める。
中也♂もまた、自分の腕の中でぐったりと力なく揺れ、意識を混濁させている太宰♀を見つめていた。その表情は、苦しげでありながら、同時にこの世の何よりも恍惚としている。
(ああ……これだ。俺が見たかったのは)
自分の愛で、自分の欲望で、彼女が自分以外の何も考えられなくなる瞬間。彼女のすべてが、自分という存在に染め上げられるこの瞬間。
中也♂は彼女の細い首筋に顔を埋め、吸い付くように口づけをした。そこには、明日になっても消えないであろう、鮮やかな紅い痕が刻まれる。
「お前は、俺のもんだ……。絶対に、離さねェ」
その支配的な言葉さえ、今の太宰♀には最高の福音だった。
快楽の渦は、二人の限界を超えてさらに加速していく。太宰♀の指先が、中也♂の背中に爪を立てた。しかし、彼女にはそれを強く握る力さえ残っていない。ただ、その肌を彷徨うようにして、彼を求めている。
声にならない叫びを上げながら、太宰♀は中也♂の熱の中で溶けていった。彼女の意識は、真っ白な光の中に消え、ただ彼との繋がりだけが、暗闇を照らす唯一の標(しるべ)となっていた。
嵐のような時間は、長い沈黙とともに終焉を迎えた。
重い静寂が降りた室内で、聞こえるのは二人の荒い呼吸音だけだった。
中也♂は、ぐったりと動かなくなった太宰♀を、壊さないように、今度は心からの愛を込めて抱きしめた。彼女の肌は汗で濡れ、身体は細かく震えている。
「……悪ィ。やりすぎたか」
中也♂が耳元で囁くと、太宰♀は、焦点の定まらない瞳で彼を見上げ、微かに、本当に微かに微笑んだ。
「……ん、……ちゅ、や……。だい、すき……」
掠れた、今にも消えそうな声。けれど、その中には、先ほどまでの激動をすべて肯定するほどの深い愛が宿っていた。
中也♂は、彼女の濡れた髪を優しく払い、その額に、先ほどよりもずっと長く、深い口づけを贈った。
夜はまだ、始まったばかりだった。鏡合わせのもう一組の喧騒が、壁の向こうから微かに聞こえてくるような気がしたが、今の二人には、自分たちの鼓動の音以外、何も必要なかった。