テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
思わず、逃げ出してしまった。
いや、逃げ出した方が正しいのか。
などと考えながら、僕は同じ階の空き教室の教卓の下にいた。まだ、心臓はバクバクと音を立てている。
一旦、深呼吸して息と心を整える。
「……ふぅー」
最後に長く息を吐くと、心臓も落ち着いた。
そして、クールダウンしてきた頭で考える。
僕、さっきまで何してた?
これはフリでは無い。本当に覚えていない。
谷崎に、セーターに手を突っ込まれそうなところまでは覚えている。その後から、今ここまでの記憶が、すっぽり抜け落ちてしまったのだ。ショックか何かが原因なのだろうが、思い出せないと、自分が何をしたのか分からないから、怖い。
もし、谷崎に反撃していたら?
もし、谷崎が何か言って僕が逃げたのだとしたら?
憶測しか頭に出てこない。そして、その憶測しか出てこないのが怖い。頭はグルグルと同じところを回る。
でも、ここで考えていても無駄だ!
僕は、歯車が狂って回り続ける頭を、強制的に止める。そして、教卓の下から出ると、ドアを開けて廊下に出た。
ちょうど、チャイムが鳴った。
***
「……すみません」
後ろの扉から入りながら、先生に頭を下げると、僕はそそくさと自分の席に向かう。
席には、セーターと上着が置いてあった。どちらも丁寧に畳まれている。
チラリと横を見ると、谷崎はメモ帳を取り出し、「畳んでおいた」と紙に書いた。
「……ありがとう」
小声でそう言って、セーターを着た。
そして、メモ帳を取り出して、文を書く。
『僕、さっきあったことが思い出せないんだけど、教えて?』
谷崎はそれを受け取って、絵文字のようなビックリ顔をした。
『本当に覚えてないの?』
『うん』
谷崎は頭を抱えた。首を横に向けてこっちを見る表情は、ムスッとしていた。
だが、ハッと、何かを思いついたのか一心不乱に文字を書いた。
『思い出す方法、分かった!』と。
それに驚いた僕は 『本当?』と書く。
『イエス!』と自信たっぷりな返事が帰ってきた。
とりあえず、僕はそれに乗ることにした。
だが、谷崎はとんでもないことを書き出した。
『その代わり、委員会教えて』
なっ!?
思わず谷崎を見ると、ニヤニヤしていた。してやった感が、顔全体に出ている。
さぁ、どうする?教えてもらう代わりに教えるか、黙る代わりに黙られるか。と顔が言っている。
僕が何をしたのか知ることと、谷崎から逃げられなくなること。僕はその2つを天秤にかける。
僕は紙に書く。
『委員会は、』
***
結果、僕は谷崎と同じ委員会になった。
それは、図書委員会。
正直、あの時嘘をついてもよかった。同じく目立たない、保健委員会を書けば怪しまれないし、単純な谷崎はすぐ騙せた。
でも、僕は正直に書いた。書いてしまった。
何をしてるんだと、その時の自分に呆れと憤りを覚えるが、それを発散するところがないので、僕は机に突っ伏し、指先でリズムを刻み、足をブラブラとさせていた。
「……はぁ」
最後にため息をつくと、僕は立ち上がり、本日任命の委員長にさよならを言い、教室を出る。
廊下に出ると、彼女はいた。
「遅いよ」
開口一番にそれか、と心の中でリアクションを取りながら、ごめん、と言った。谷崎はそれを笑って流すと、横に並んで歩き始める。
僕と谷崎が、3限目にどうなったのかを教えてくれるらしいのだが、
「柴田さんの家でいい?」
と言ってきたので、それを了承した。この前、いつでも来ていいと言った手前、拒否するのはダメだと思ったからだ。
靴を履き替え、学校を出る。少し夕日が眩しい帰り道。10分だけだが、僕は谷崎の隣を歩いた。
谷崎は終始無言だった。話しかけると慌てて、何の話だっけ、とか言って。明らかに何かを隠している風だった。
家に着くと、谷崎は何故か決意を固めたような表情をした。不思議がっていると、なんでもないよと、笑って誤魔化した。
……変だけど、まぁいいか。
僕が家の鍵を開け、谷崎を通して鍵を閉める。
僕は、3限目に何をしたの?
そう言おうと、振り向いた時だった。
鞄が床に落ちる音と同時に、ギュッと手を掴まれた。
「……えっ」
そのまま、谷崎は歩く。僕はちょっと引っ張られている。鞄を下ろして、両手で離そうとしても、より強く握られる。
「……た、谷崎、さん?」
突然の出来事に困惑しながら、僕は聞く。谷崎はただ黙って、僕をベッドの前まで連れてきた。
「な、なにする、の?」
谷崎は答えない。ただ、僕の上着を脱がしてきた。困惑して、反応できない。
「……よし」
谷崎がそう言って、口角を上げた。その瞬間だった。
僕は、体に強い衝撃を感じた。
「うわっ!」
柔らかい何かに倒れ込む。それはベッドだった。目を開けると、谷崎の顔が目の前にあった。
僕は、谷崎に押し倒されていた。
逃げ出そうにも、腹に谷崎が乗っていて、動けない。
呼吸は荒く、その表情には恍惚というのが1番似合っていた。
谷崎は上着とセーターを脱ぐと、僕のセーターの中に手を入れてくる。
そして、体の上を撫でるように触ってきた。
「ひゃっ……いっ……」
敏感なところに華奢な手が触れる度、変な声が出てしまう。思わず涙も出て、恥ずかしさで手で顔を隠していた。
谷崎は、いつの間にか僕の後ろに回っていて、僕が谷崎の足の間に座っているような格好になった。
「……っ〜…」
もう声も出なくなって、腰が抜けて、谷崎にもたれかかる。谷崎はビクッと手を震わせると、僕のセーターの中から手を出した。
……なんでこんなことしてるんだっけ?
僕は不思議に思って、谷崎に聞こうと、もたれている体を向けた。目が合うと、谷崎は赤面して抱きついてきた。
「うわっ」
力のない、僕の声。倒れ込む音。自分のものではない心臓の鼓動の音。耳をくすぐる、甘ったるい吐息。長い髪から漂う、いい匂い。
谷崎は上半身を起こすと、じっと僕を見つめてくる。目は虚ろで、何かに取り憑かれたみたいだ。呼吸は荒く、口角は上がっている。首筋には、汗が流れていた。そして、
「……ふふっ……人を簡単に家に上げるから、こうなるんだよ。こうやって、襲われるんだからね……。気を付けなよ、柴田さん」
谷崎はそう言うと、僕から降りて鞄から何かを取り出した。持っていたのは、スマホだった。そして、谷崎はそれを僕の上で構えて、
パシャっとシャッター音を鳴らした。
布団が床に落ちた、シーツがぐしゃぐしゃなベッドの上で。髪をボサボサにして。トロンとした表情でカメラを見て。仰向けになって。両手でシーツを掴んで。服はめくれ上がって。脚は少し開いて。
谷崎に襲われた、僕。柴田サラは撮られた。
***
谷崎は僕を撮ると、シャワーを浴びた。服は全部、浴室の目の前に脱ぎ捨てられていて、すぐに僕は洗面所兼脱衣所のドアを閉めた。
午後5時半。僕は谷崎のシャワーを浴びる音を聞きながら、ベッドに座り込んでいた。頭の中は、霧がかかったように朧気で、何も考えられなかった。
……僕は今、何すればいいんだろう。
少し経って、そう思った時だった。
インターホンが鳴った。
特に何も考えず、僕は玄関に向かう。ガチャっと音が鳴って、ドアが開く。目の前には、宅急便の人が。
「こんにちは、宅急便…で、す……」
宅急便の人は、僕を見て一瞬呆けると、
「お忙しいところ、すみませんでした!」
と言って、手続きをすぐに済ませて、風のように消えた。何故かは分からない。
僕は届いた荷物を見る。
何も書かれていない、両手で持てるサイズのダンボール箱3つ。伝票が貼られているので、それを見ると僕は唖然とした。
送り主は谷崎だった。とりあえず、家の中に運び込んだ時、ちょうど谷崎が浴室から出る音がした。
「た、谷崎さん」
ドア越しに話しかける。
「どうしたの?」
「今、谷崎さんから、荷物……届いたんだけど、これ、何?」
谷崎は、あぁー!と、思い出したかのような声を出す。そして、横開きのドアを開けた。
「っ!?……」
すぐに目を逸らす。
「?……あぁー。大丈夫、服着てるよ」
僕が何を考えたのか察した谷崎は、そう言いながら僕の顔を掴んで自分に向けた。着ていたのは、僕の部屋着。上は黒のパーカー。下は白の半パン。
「へへっ、借りたよ」
そう言って笑うと、谷崎はダンボール箱を部屋の中央に運んだ。そして、僕の勉強机を漁って、カッターを持ってくる。刃をチチチッと出し、ガムテープを切る。中には紙袋が入っていた。『服』と書かれたものと、『いろいろ』、『ゲーム』、『学校』……。
沢山の単語が書かれた紙袋が、ダンボール箱から全て取り出されると、谷崎は立ち上がった。
そして、僕が勘づいたけど、聞かなかったことを自分で言った。
「親と喧嘩したので、家出しました!今日から、ここに居候させてもらいます!」
谷崎の表情を見るに、もう決まったことらしい。