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第60話:消費税の恐ろしさを知る小部屋〜赤字でも逃げられない! 売上にかかる悪魔の税金〜
帯広市役所、一階の奥にある窓のない特別相談室。
パイプ椅子に縛り付けられた(※心理的に)俺の目の前で、ケースワーカーの鈴木さんは、持ち込んだホワイトボードに黒のマーカーでキュッキュッと文字を書き始めた。
「さて、ルシフェルさん。まずは『所得税』と『消費税』の決定的な違いから教育し直してあげましょうか」
「きょ、教育って……俺はもう所得税の仕組みは分かってるぞ! 売上から経費を引いた『利益(所得)』にかかる税金だろ!」
俺が必死にアピールすると、鈴木さんは「ええ、その通りです」と冷たく頷いた。
「所得税は、あなたがどれだけ儲かったか(担税力)を基準にします。だから、売上が一千万あっても、経費で一千二百万使って『赤字』になれば、所得税はゼロ円になります」
「そうだ! だから俺は、3D化費用で二百五十万をドカンと経費で落とせば、今年の税金は安くなるはずなんだ!」
俺がドヤ顔で言い放つと、鈴木さんはメガネの奥の目をスッと細めた。
「そこが、素人の浅はかなところです。いいですか、ルシフェルさん」
鈴木さんはホワイトボードにデカデカと『消費税』と書き殴り、その文字をマーカーでトントンと叩いた。
「消費税の計算において、あなたが赤字か黒字かは『1ミリも関係ありません』」
「……は?」
「消費税というのは、『あなたがお客様(リスナーや取引先)から預かった税金』から、『あなたが経費を払う時に相手に渡した税金』を差し引いて、残りを国に納めるシステムです。これを『本則課税』と呼びます」
鈴木さんは、ホワイトボードに簡単な図を書き始めた。
「例えば、あなたの今年の売上がちょうど一千万円だったとしましょう。この中には、本来国に納めるべき消費税(10%)が含まれています。ざっくり計算で『約百万円』を、あなたはリスナーから預かっている状態です」
「ひゃ、ひゃくまん……」
「そして、あなたが経費として使ったお金。例えばパソコン代や通信費などですね。これらにかかった消費税が、仮に『十万円』だったとします」
鈴木さんはマーカーを置き、俺の目を真っ直ぐに見据えた。
「預かった税金(百万円)マイナス、払った税金(十万円)。残りの『九十万円』。これが、あなたが国に納めるべき消費税です」
「きゅ、きゅうじゅうまん!? ちょっと待て!!」
俺はたまらずパイプ椅子から立ち上がった。
「おかしいだろ! さっき俺は、3D化費用で二百五十万使うって言ったじゃねえか! 他の生活費とか合わせたら、俺の手元に残る利益なんてほとんどねえんだぞ!? なのに九十万も税金払えってか!?」
「だから言ったでしょう。赤字だろうが黒字だろうが関係ない、と」
鈴木さんの冷酷な宣告が、四畳半……いや、この無機質な面談室に響き渡った。
「所得税は『儲け』にかかりますが、消費税は『取引そのもの』にかかるのです。あなたが事業で大失敗して首が回らなくなろうが、国税庁はこう言います。『それはそれとして、お客様から預かった消費税はキッチリ全額納めてね』と」
「悪魔か!! 国税庁は血も涙もねえ悪魔の組織なのか!!」
俺は頭を抱え、再びパイプ椅子に崩れ落ちた。
稼いでも稼いでも、経費で消えていく個人事業主。
それでも、手元に一円も残っていなくても、「売上があった」という事実だけで、容赦なく数十万円単位の現金を要求される。
これが、免税事業者の特権を剥奪された者が味わう『消費税の本当の恐ろしさ』だったのだ。
「そんなの……払えるわけねえだろ。俺、スパチャもボイスの売上も、全部3D化の費用とこれからの生活費に回すつもりだったのに。そこに消費税で九十万も持ってかれたら、ガチで破産するぞ……ッ!」
俺が両手で顔を覆って咽び泣いていると、鈴木さんは「はぁ」とワザとらしい深いため息をついた。
「泣くのはまだ早いです、ルシフェルさん。国もそこまで鬼ではありません。売上五千万円以下の中小事業者には、『簡易課税制度』という救済措置が用意されています」
「きゅ、救済……?」
俺は指の隙間から、涙目で鈴木さんを見上げた。
「いちいち経費の領収書から消費税を計算するのは大変ですよね? だから、業種ごとに『だいたいこれくらい経費がかかってるでしょ』という割合(みなし仕入率)を国が決めてくれているのです」
鈴木さんはホワイトボードの端に数字を書いた。
「VTuberなどのサービス業は『第五種事業』に該当し、みなし仕入率は『50%』です。つまり、預かった消費税(百万円)の半分を、経費で払った税金だとみなして計算してくれます」
「ってことは……」
「ええ。あなたが簡易課税を選択すれば、納める消費税は半額の『約五十万円』になります。領収書の計算も不要です。どうですか? 随分と優しく聞こえるでしょう?」
五十万円。
九十万という絶望の数字を聞いた後だと、確かにマシに見える。
一瞬、「なんだ、五十万で済むのか」と安堵しかけた。
だが、俺の四十年間染み付いた『底辺の危機察知能力』が、すぐさま警鐘を鳴らした。
「……待てよ。五十万って」
俺は、自分の震える両手を見つめた。
「俺が今年の確定申告で払って、死にかけた所得税が『八十四万』だ。そして今月来る住民税が『七十万』。国保が『百万』」
「はい。その通りですね」
「そこに、さらに……来年以降、消費税『五十万』が、問答無用で上乗せされるってことか……?」
「ご名答です。しかも、消費税は原則として『現金一括納付』です。払えなければ、容赦なく口座や資産が差し押さえられます」
「ああああああああああああッ!!!」
俺はついに机に突っ伏し、子供のように声を上げて泣き出した。
「嫌だ! 嫌だぁぁぁ! なんで俺がこんな目に遭わなきゃなんねえんだよ!! 俺はただ、可愛いアリスちゃんと3Dで一緒に踊りたかっただけなんだ!!」
「いい歳をした大人が、市役所で泣き喚かないでください。みっともない」
「だって!! 五十万だぞ!? 何もしなくても、ただ息をしてるだけで、毎年五十万も余計にカツアゲされるんだぞ!? インボイスなんてふざけた制度、誰が考えたんだよォォ!!」
俺が鼻水を垂らしながら喚いていると、鈴木さんは無言で黒いバインダーを開き、一枚の書類を俺の目の前に滑らせた。
『適格請求書発行事業者の登録申請書』
「……なんだよ、これ」
「インボイス制度の登録用紙です。ここに実名とマイナンバー、住所を書いてハンコを押せば、あなたも晴れて『消費税の課税事業者』の仲間入りです」
鈴木さんは、俺の鼻先に黒いボールペンを突きつけた。
「さあ、サインしなさい、ルシフェルさん」
「い、嫌だ! 誰がこんな悪魔の契約書にサインなんかするか! これを書いたら、俺の首に五十万の爆弾が巻き付けられるんだろ!?」
俺が全力で拒否すると、鈴木さんはメガネを光らせ、底冷えのする声で囁いた。
「サインしなければ、スタプロからの3Dコラボ案件は白紙になる可能性が高いですよ? 相手は上場企業です。インボイスの登録番号がない、どこの馬の骨とも知れない個人VTuberのせいで、自分たちの消費税負担が増えることを許容するはずがありません」
「…………ッ」
「夢(3D)を取って消費税地獄に落ちるか。それとも、インボイスを拒否して、一生ペラペラな二次元の体で、安全な四畳半に引きこもるか。選ぶのはあなたです」
ぐうの音も出ない、完璧なロジックによる脅迫。
俺の脳裏に、星乃宮アリスのあのキラキラした笑顔と、俺のチャンネルに数百万もの金を投げてくれたリスナーたちの「3D化おめでとう!」という歓声がフラッシュバックした。
みんな、待ってるんだ。
俺が、あの輝かしいバーチャルのステージに立つことを。
「……くそっ。……くそぉぉぉっ!!」
俺は震える手でボールペンを引ったくり、涙で書類を滲ませながら、自分の本名と住所を乱暴に書き殴った。
「書いたぞ! これで満足か!! 俺は消費税を払ってやるよ!! その代わり、絶対に3Dになって、スタプロのスタジオからリスナーの財布の底を根こそぎ絞り上げてやるからな!!」
俺が血涙を流しながら宣言すると、鈴木さんは書類を丁寧にバインダーに挟み込み、この日一番の、本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ええ、その意気ですルシフェルさん。あなたが立派な納税者として成長していく姿を見られて、私もケースワーカー冥利に尽きますよ」
こうして、四十歳の底辺個人事業主は、市役所の特別相談室という名の密室で。
夢へのパスポート(という名のインボイス登録証)と引き換えに、ついに逃れられない『消費税』という最強の魔王との契約を交わしてしまったのだった。
コメント
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おお、第60話…ついに来たな「消費税の現実」。 赤字でも売上に課税されるってマジで悪魔の仕組みだよな…。 鈴木さんの「預かった税金を納めるだけ」って冷徹な説明が刺さるわ。 それでも夢のためにサインしちゃう主人公の決意が熱いし、切ないわ。 国税庁を魔王扱いする表現、めっちゃ好き🔥
ゆうき あきや
1,642
厚揚げ衣
20
なんたろ
1
いちご@ホロオタ×ぴちりす
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