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第61話:3D化に向けた『肉体』の課題〜インボイスの次は筋肉痛!? 四十歳のリングサバイバル〜
「……インボイス……消費税……現金一括納付……」
六月中旬。
帯広市のボロアパートで、俺はうわ言のように呪文を唱えながら、三万円のゲーミングチェアの上で膝を抱えていた。
市役所の特別相談室で、天敵であるケースワーカーの鈴木さんから『消費税の仕組み』を骨の髄まで叩き込まれ、インボイスの登録書類に血涙を流しながらサインをしてから数日。
俺の精神は、完全に擦り切れていた。
3D化という夢の代償は、あまりにもデカすぎた。
これから先、俺は一生『税金』という見えない鎖に繋がれたまま、資本主義のランニングマシンを走らされ続けるのだ。
「……まあいい。税金の話は、今は棚上げだ」
俺は両手で顔をパンッと叩き、無理やり意識を切り替えた。
再来年から消費税が来るのは確定だが、それはまだ先の話だ。
今、俺が最優先でやるべきことは、スタプロの公式スタジオに乗り込み、アリスと一緒に3Dコラボを大成功させること。
そして、払った税金の何倍ものスパチャを稼ぎ出すことだ。
俺は気合を入れ直して三十一万八千五百円のゲーミングPCのモニターに向かい、スタプロの運営担当者から届いていた『3Dコラボに向けたスケジュールとお願い』というメールを開いた。
「えーっと、スタジオ入りの日程はこれで……ん?」
スクロールしていくと、メールの最後尾に、太字で強調された一文があった。
『【重要】ルシフェル様へのお願い』
『3Dモーションキャプチャーは、演者様(中の人)の実際の動きを、バーチャル空間のアバターに忠実に反映させるシステムです』
『そのため、配信中は常に全身を動かし続けることになり、想像以上の体力を消耗します』
『ルシフェル様におかれましては、本番当日までに、1時間以上動き続けられる【基礎体力】を身につけていただきますよう、強くお願い申し上げます』
「…………は?」
俺の動きが、完全にフリーズした。
『追伸:星乃宮アリスより。「おっさん、コラボで五分で息切れして動けなくなったらマジで許さないからな。しっかり走り込んでこいよ(笑)」とのことです』
「ふ、ふざけんなァァァァァッ!!」
俺は安物のデスクをバンッと叩き、帯広の空に向かって吠えた。
「体力ぅ!? 走り込めだぁ!? 俺は四十歳の元ニートだぞ!!」
VTuberという職業の最大のメリット。
それは『冷暖房完備の部屋で、椅子にふんぞり返って喋るだけでいい』という圧倒的な身体的負担の少なさのはずだ。
だが、それはあくまで二次元(Live2D)の話。
3Dの全身トラッキングとなれば、アバターが走るためには俺が走り、アバターがジャンプするためには俺がジャンプしなければならない。
「冗談じゃねえ……っ! 俺の体力は、スーパーの半額弁当争奪戦でダッシュする十五秒が限界なんだよ! 一時間も動いたら心肺停止で死ぬわ!!」
しかし、相手は天下のスタプロ。そしてトップアイドルのアリスだ。
彼女の足を引っ張るわけにはいかないし、何より何百万人という視聴者の前で「息切れして動けない情けないおっさん」の姿(動き)を晒すのは、インフルエンサーとしてのプライドが許さない。
「……やるしか、ねえのか」
その日の夜。
俺のチャンネルに、新たな配信枠が立ち上がった。
タイトルは『【肉体改造】3D化に向けて体力をつける。四十歳のリングサバイバル』
サムネイルには、某有名メーカーが発売している、丸いリング状のコントローラーを押し込んでフィットネスをするゲームのパッケージ画像がデカデカと貼られている。
配信開始と同時に、同接はあっという間に三万人を突破した。
『肉体改造wwww』
『ついにフィジカルにまで手を出したか』
『3Dって体力いるもんなww』
『おっさんの悲鳴が聞けると聞いて飛んできました!』
『ジェミニ先生! 救急車の準備をお願いします!』
リスナーたちは、俺が税金だけでなく『物理的な肉体の限界』に苦しむ姿を想像し、すでにチャット欄で大爆笑の準備を整えていた。
「笑い事じゃねえんだよ!!」
俺は、ジャージ姿でカメラの前に立ち(※画面上はイケメンアバター)、両手に持ったリングコンをギュッと握りしめた。
「スタプロの運営から『一時間動ける体力を作れ』って無茶振りされたんだよ! 俺の関節はもうボロボロなんだぞ! だが、アリスちゃんに迷惑をかけるわけにはいかねえからな……今日から毎日、このフィットネスゲームで体を鍛え上げる!!」
『おおおおお!!』
『頑張れおっさん!!』
『フラグにしか聞こえねえww』
『関節ボロボロで草』
「よし、まずは準備運動からだ。画面の指示通りにストレッチをするぞ」
俺はゲーム画面のインストラクターの動きに合わせて、腕を大きく回し、屈伸運動を始めた。
『パキィッ!』
『ゴリッ!』
「いっ、でぇっ!?」
屈伸をした瞬間、膝と腰から、マイクがしっかり拾うレベルの『鈍い破裂音』が鳴り響いた。
『wwwwwwww』
『骨の音拾ってて草』
『準備運動で壊れる男』
『開始一分で重傷ww』
「う、うるせえ! 最近ずっと三万円のゲーミングチェアに座りっぱなしだったから、ちょっと油が切れてるだけだ!!」
俺は強がりながら、いよいよゲームの本編である『アドベンチャーモード』をスタートさせた。
このゲームの基本は「その場で足踏み(ジョギング)」をすることで、画面の中のキャラクターが前に進むというシステムだ。
「よし、走るぞ! 見とけお前ら、俺の四十歳の底力を!!」
俺は四畳半の畳の上で、ドタドタと足踏みを始めた。
「ほら! 結構いけるじゃねえか! ペース上げていくぜ!」
開始から三分。
俺は余裕の表情(※アバター)で、ゲーム内の草原ステージを駆け抜けていた。
だが、五分が経過したあたりで、俺の肉体に急激な異変が起こり始めた。
「ぜぇ……っ、はぁ……っ! ちょ、これ、まっすぐ走るだけじゃなくて……リング、押し込んだり引っ張ったり……多くねぇか……っ?」
息が、信じられないほど苦しい。
ただ足踏みをしているだけなのに、足の裏からふくらはぎにかけて、鉛のような重さがのしかかってくる。
『おっさんの息遣いが荒くなってきたww』
『ハァハァ言ってて草』
『ASMR(四十歳の喘ぎ声)』
『限界が近いぞww』
「ば、ばかやろう……! このくらいで、ばて、バテるわけが……ッ!」
そして、道中に現れたモンスターとの『フィットネスバトル』に突入した。
画面の指示は『スクワット』。
深くしゃがみ込み、その姿勢をキープして、また立ち上がる。これを数十回繰り返さなければならない。
「うおぉぉぉぉっ!! しゃ、しゃがむ……! そして、立つ……! グギッ!」
『wwwwwwww』
『今変な音したぞww』
『膝が! 膝が終わった!!』
「い、痛えぇぇぇ!! ふくらはぎがつった!! つったァァァ!!」
俺はリングコンを放り投げ、畳の上にドスーンと倒れ込んだ。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ! む、無理だ……! 足が、生まれたての小鹿みたいに震えて、立てねえ……ッ!」
開始からわずか十分。
俺の『3D化に向けた肉体改造』は、最初のステージの途中で、無残にも完全崩壊を迎えた。
『wwwwwwww』
『弱すぎるwwww』
『これで3Dコラボ一時間やるとか絶対無理だろww』
『アリスちゃん絶望のお知らせ』
『開始10分で心肺停止するVTuber』
画面の向こうで大爆笑するリスナーたち。
しかし、俺の悲惨すぎる息遣い(ゼェハァ)と、畳を転げ回る音を聞いて、彼らの謎のスイッチが入った。
『スパチャ:10,000円(ほらよ、湿布代だ!)』
『スパチャ:5,000円(整体行ってこいww)』
『スパチャ:50,000円(医療費!! アリスちゃんのために死なないで!!)』
『スパチャ:10,000円(明日のプロテイン代の足しにしてくれ!)』
「ハァ……ッ、ハァ……ッ! だから……! お前ら、スパチャ投げるな、って……!」
俺は畳に顔を押し付けたまま、荒い息を吐きながら叫んだ。
「これ以上……今年の売上を増やしたら……来年の消費税が、また上がるだろうが……ッ!!」
『スパチャ:5,000円(税金と筋肉痛のダブルパンチww)』
『スパチャ:10,000円(消費税払うための体力づくりだな!)』
インボイスの呪縛と、物理的な肉体の崩壊。
3D受肉という華やかなアイドルの世界の裏側には、血と汗と税金に塗れた、四十歳のおっさんの過酷すぎる現実が待っていた。
「くそぉ……! 覚えてろよスタプロ……! 明日も、絶対やってやるからな……ッ!」
こうして、帯広の四畳半に、湿布の匂いと悲鳴を充満させながら。
俺の、3Dコラボに向けた『血を吐くようなフィットネス生活』が幕を開けたのだった。
ゆうき あきや
1,642
厚揚げ衣
20
なんたろ
1
いちご@ホロオタ×ぴちりす
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コメント
1件
うわあ、今回も最高に面白かったです…! 最初のインボイスで精神を削られてからの「肉体改造」、もう笑いと共感が止まりませんでした。特に「準備運動で膝がパキッ」のくだり、あのマイク越しの音が目に浮かぶようで、電車の中で吹き出しそうになりました(笑)「スパチャで消費税が上がる」って叫ぶシーン、税金の呪縛に怯えながらもファンに愛されるおっさん像が完璧です。アリスちゃんの厳しい一言も含めて、四十歳のリアルな葛藤とコミカルさが絶妙なバランスで、続きが待ち遠しいです!