夏祭りの日に入籍してほどなく、式をするより前に移り住んだ居間猫神社に程近い庭付き一軒家での生活にも大分慣れた大葉たちだ。
入籍日にお迎えした三毛猫オクラも、今ではすっかり先住犬キュウリと仲良し。新居で二匹楽し気にじゃれあっては、気が付けばくっ付いて眠っている。
十一月二十二日に無事挙式を終え、ホッと肩の荷を下ろして年末年始を新婚気分でまったりと過ごして一月も二十日を過ぎた頃、大葉が作ったご飯を羽理が食べられなくなった。
まさか悪い病気では……とオロオロする大葉に、「そういえば私、生理がきてません」とか羽理がぽやんとつぶやいて、慌てて妊娠検査薬を試してもらったら陽性だった。
心配でたまらなくて、「一人で行けますよ?」と羽理が言うのを無視する形。仕事を抜け出して付き添った産婦人科で、医者から妊娠五週目。しかも双子だと聞かされた時には心底驚かされた大葉だ。
あの御守の真ん中にいた仔猫二匹は、どうやらウリちゃんやオクラではなく、自分たちの元へ生まれてくる予定の子供達との未来予想図だったらしい。
「やっぱり居間猫神社の御神力はすごいです!」
羽理の言葉に、大葉が(だからわざわざ神社の近くに家、探したんだよ、俺は)と心の中でつぶやいたと同時、羽理が「あ。そういえば」と嬉し気に笑った。
「五代くんに年上の彼女ができた話、しましたっけ?」
どうやらあの夏祭りのあと、担当している営業先で受付嬢から呼び止められて、「御守です」と猫のストラップを渡されたらしい。
「マジか」
「はい、マジです」
クスクス笑う羽理をギュウッと抱き締めて、大葉は(居間猫神社、すげぇな)と思った。
***
一月末には分かっていた妊娠だけれど、大葉とふたり、大事をとって安定期までは口外すまいと話していた。
だがお腹にいるのが双子だったからだろうか。
安定期を過ぎてもなかなか羽理の体調が整わなくて、結局四月に入ったばかりの頃、妊娠六か月を過ぎたタイミングでやっと……。羽理は仁子と杏子に、お腹に子供がいることを報告出来た。
今でこそ大分落ち着いてきたけれど、ちょっと前まではつわりや目眩で寝込み気味。今でもお腹の張りで仕事をちょいちょい休みがちになってしまっている羽理なのだが、そこは可愛い甥っ子に子供ができたということで大はしゃぎの土井社長がアシストしてくれて、難なく乗り切れている。
今後羽理が産休・育休に入ることを踏まえた形で、大葉に男性秘書がもう一人付けられたのは、羽理にとって正直ありがたかった。
「杏子とね、屋久蓑副社長に秘書が増えた時点で『あれ? 羽理、どうしたのかな?』とは話していたのよ」
仁子に指摘されて、羽理は「ごめんね、黙っていて」と素直に謝ったのだけれど、二人にふるふると首を振られた。
「赤ちゃんが出来たにしては何にも言ってくれないし……もしかして病気とかじゃないかしらって心配してたから、そうじゃないって分かってホッとしてる! 双子ちゃんとか! 私、妊娠すら経験ないから分かんないけど、きっと大変だよね? 結果的にこういう素敵なお報せなら全然問題ない! 羽理、本当におめでとう!」
「おめでとうございます!」
仁子と杏子から自分のことみたいに喜ばれた羽理は、照れ臭さを感じながらも幸せを噛み締めた。
***
夏に生まれてきた二卵性双生児の初宮参りは、迷うことなく居間猫神社ですることにした大葉と羽理だ。
羽理の腕には黒い着物を着せ掛けられた男の子が、大葉の腕には赤い着物に包まれた女の子がスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。
双子の初宮参りには、大葉の両親だけでなく、土井社長も駆けつけてくれた。
「頼地も鈴桃もめちゃくちゃ可愛いなぁ。たいちゃんが赤ちゃんの頃を思い出すよ」
そうして、何故か実際の祖父母以上に鼻の下を伸ばしてデレデレなのが、子供たちの大伯父にあたる土井恵介で――。
「お兄ちゃん、邪魔よ」
ちょいちょい果恵から注意をされては「ごめんね」と引き下がるくせに、いつの間にかまた前に出て叱られて……を繰り返していた。
大葉と羽理の足元には愛犬キュウリもちゃんと家族の一員として控えている。
キュウリは飼い主バカ健在の大葉がルンルンで買った犬用の赤い振袖に身を包んで、嬉し気に口元を緩めて大葉たちを見上げていた。
「キュウリお姉たんは今日も可愛いでちゅねぇ」
今更隠す気はないんだろう。
大葉が娘の鈴桃を抱いたまま、晴れ姿でお座りする愛犬に目尻を下げるさまを幸せな気持ちで眺めていたら、羽理も我知らず口元が緩んでしまった。
そんな感じ、気持ちを大葉たちに持っていかれていたからかも知れない。
「ふぇっ」
腕の中の息子――頼地――が一瞬だけぐずって羽理の気を引いた。
「あらあら。頼地お兄ちゃんはパパに似てヤキモチ妬きですねー?」
羽理が腕の中の息子に笑い掛けたら、大葉が「よく分かってるじゃねぇか、羽理。俺はいつまでもお前の中で一番がいい」と羽理の耳元に唇を寄せて囁いた。
羽理は大好きな大葉のバリトンボイスにビクッと肩を跳ねさせて真っ赤になってしまう。それと同時、足元のキュウリが「ワン!」と吠えて、大葉に『お父さん、いい加減にしなさい!』と抗議した。
「そういやぁオクラ、帰ったら出てくるかな?」
家からは出さないので屋内にいるはずなのに、いつもキュウリと一緒にいるはずのオクラが、今朝は出がけにいくら探してもいなかった。
もしかしたら今日は朝から子供達の初宮参りの支度でバタバタしていたから、雰囲気に気圧されたのかもしれない。
首に巻きつけた、赤いリボンにくっ付いているはずの鈴も、チリンとも鳴らなかったからどこかに入り込んで眠っているのかも?
猫というのはそういうところのある生き物だと知っている羽理は、心配する大葉に、「朝、ご飯はちゃんと食べに来ましたし、きっと大丈夫ですよ」と微笑んだ。
そうしながら、実際は自分自身オクラのことが結構気になっている。
「きっと、今頃家でひとりくつろいでますよ」
大葉に返答しながら、羽理は自分に言い聞かせた。
コメント
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双子! おめでとう㊗️