御祈祷をお願いしていた時間が近くなり、みんなで連れ立って社務所へ行くと、今まで外観を眺めるばかりで足を踏み入れたことのなかった拝殿へ通された。
拝殿の中には若い巫女がひとり待っていて、「ようこそいらっニャいました」とやや吊り気味の目を細めて微笑み掛けてくる。
(この巫女さん、何か既視感あるな)
彼女が動くたび、微かにチリンチリン鳴る鈴音にも耳馴染みを覚えるのは気のせいだろうか。
そんなふうに思った大葉だったけれど、どう考えても初対面の相手だ。
「キュ……ワンちゃんもご一緒で問題ニャいですよ」
あらかじめ電話で初宮参りの祈祷予約をした際、愛犬も一緒にいていいというお許しはいただいていたものの、本当に拝殿の中まで連れて入ってもよいものだろうか? と迷っていたので、キュウリを見るなりそう言ってもらえてホッとする。
キュウリも、自分を認めてもらえたことが嬉しかったんだろうか。
やけに親しげに巫女へ向けて尻尾を振るのだ。
(なんかこの反応、家族にするのと一緒だな)
大葉がそう思ってしまうくらい、やけにフレンドリーな態度を取るキュウリに、羽理も大葉と同じように思ったらしい。
「大葉、キュウリちゃん、もしかしてあの巫女さんと顔見知りですか?」
こそっと大葉に耳打ちするように尋ねてきた。
「いや、そんなはずはないんだが」
自分だってあの若い巫女さんとは初対面なのだ。ウリちゃんが顔見知りなはずはないと首を傾げていたら、後ろから果恵に「貴方と羽理ちゃんは真ん中ね」と声を掛けられる。
っq参拝者の中には足が悪い人もいるからだろう。
畳の上へ緋色の毛氈が敷かれ、その上に椅子がきちんと整列されて並べられていて、(何だか和洋折衷だな)と思った大葉だ。
拝殿奥にある別棟の建物・本殿との間を隔てる場には拝殿内にある階段を数段登る形で 幣殿 ――供物を供える場――があって、御幣や榊、お神酒などが祀られていた。真ん中にある丸い鏡は、神が宿るための依代だろうか。他所で見慣れた神鏡と違って、上部に猫耳のような三角の小さなでっぱりが二つ付いているのが如何にも〝居間猫神社〟っぽい。
先程の若い巫女が、大葉たちが渡した初穂料の入った熨斗袋を三方へ載せて捧げ持って来て、静々と階段を上がり、幣殿の中央へ供えた。
彼女が動くたび、微かに鈴の音が鳴る。
「なんかオクラの鈴に似た音ですね」
大葉の右横、すやすや眠る頼地を抱いた羽理がそっと夫の方へ顔を寄せるとひそひそと囁いた。
大葉の腕の中からじっと自分を見つめる鈴桃の頬をやんわりつついて「スモちゃんもそう思いますか?」と問いかける。
「ようこそお参りくださいニャした」
そこで恰幅の良い年配の女性神主が入ってきて、一堂に向かって礼をするから、鈴の話はそこで頓挫した。
***
「羽理ちゃん、大葉、私たちはこのあと用があるから先に出るわね」
「またみんなで遊びにおいで」
一連の御祈祷が終わって大葉の両親・屋久蓑果恵と聡志夫妻に声を掛けられた羽理が、「今日は有難うございました!」と頭を下げたと同時、「最後にもう一度だけ」と、双子へ手を伸ばしてきた土井恵介社長が、「ほら、お兄ちゃんも帰るわよ!」と妹――果恵――に引きずられて出て行った。
「慌ただしいな」
苦笑とともにそんな身内を見送りながら大葉とふたり、羽理はおそらく顔見知りのおばあちゃん神主に挨拶したくてあえて残っていたのだけれど――。
「さすがわしが縁を結んだ二人の子供たちだ。本当に可愛いのぉ」
あちらも気付いてくれていたんだろう。先程の若い巫女を従えて、おばあさん神主が近付いてくる。
「やっぱり御守屋のおばあさんですよね!? ここの神職さんだったんですね」
羽理が興奮気味に前のめりになったら、おばあさんが「うーん。神職とはちょっと違うニャ」とつぶやいて、意味深に微笑う。
「ここの宮司は別にいるかニャな」
「え? 別……? 俺はちゃんと居間猫神社に電話して初宮参りの申し込みをしたはずなんだが……」
大葉が「わけが分からない」とつぶやいて眉根を寄せるのを見て、おばあさんが笑みを深めた。
「電話ニャんてもんはちょちょいのちょいで操作できるわニャ。社務所の方もわしの管理下ニャから」
「操作?」
羽理も大葉とふたり、意味が分からなくて首を傾げたら、
「まぁアンタらは特別ニャからね。わしが直々に加護を授けたかったんよ」
得意そうにおばあさんがにたぁーと口元を歪めて満面の笑みを浮かべる。
その顔はまるで羽理にとっての「焼き鳥の猫ちゃん!」であり、大葉にとっての「チェシャ猫!」だった。
二人してほとんど無意識。口々にそう言ったら、「気付かれてしもうたか」とおばあさんが悪びれもせずにつぶやく。
元々おばあさんとふくよかな三毛猫は同一人物(?)ではないかと思っていた大葉と羽理だったけれど、こんな風に本人(猫)から認められたのは初めてで、なんだか気後れしてしまった。
「なぁ、それ……俺たちにバレてもよかったのか?」
それで思わず気遣うように尋ねた大葉だったのだけれど、「アンタらはわしらに危害は加えんじゃろ? じゃけ、良かろぉ思うてな」とふくふくの手で肩をポンポンと叩かれた。
それを見た鈴桃が、大葉の腕の中でキャッキャ笑って、その声で目を覚ました頼地が、羽理に抱かれたまま、「あー」と言いながらおばあさんへ手を伸ばす。
そんな頼地の手へ横から割り込むみたいにやんわり触れながら、若い巫女がにっこり笑った。
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