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巨人の姿が見えはしないかとユカリは辺りを見回しつつ話す。「だけど巨人はあれ以上、村へ近づいてはこない、そういうことですね?」
「ああ。森から出たくないのか、湖に近づきたくないのか」デルムは首を振り、ため息をつく。「理由は分からんがな」
「でも、それなら、村人の皆さんは巨人に襲われたわけではないんですか?」
「ああ、そうだな。死者も怪我人も見とらん。それどころか気が付けば誰もいなくなっていた。皆逃げたのだろうが」
いくらなんでも不自然だ。仮に余所者とその義父を陥れようと黙って出て行ったのだとしても、デルムとレマに気づかれることなく、村人全員が村から逃げ出すなんて簡単なことではない。
「そういえば」とユカリは言った。「ケトラさんが巨人は洞窟を塒にしているらしいって言ってました」
「ケトラ?」とデルムは言葉を返す。
「巨人退治に来た女性です。魔法使いで、焚書官の」
「ああ、あの仮面の女か。ふむ、洞窟か。近くに洞窟はあるが、あの巨体が入れるとは思えんな」
「あの巨人、さっきよりも大きくなってます。逆に小さくなることも出来るかもしれません。それに、もしかしたら」と言ってユカリは次に出す言葉を慎重に選ぶ。「巨人の弱点になるような何かがそこにあるのかもしれません」
そう上手い話があるはずもないが、もしかしたらケトラの仲間に保護されるかもしれないという目論見がユカリにはあった。その間に巨人を何とかしたい。
地鳴りが響く。地鳴りが響く。地の底から唸りをあげる太鼓のように重く力強く。巨人の足音に違いないが、想定していた方向とは違う。デルムが動き出す前に肩をつかむ。
「デルムさん! 洞窟へ行きましょう! きっと何かあるはずです。巨人を倒せる何かが」
デルムは少しの躊躇いの後、方向転換し、小走りに駆けていく。ユカリもそれを追う。
「洞窟までどれくらいの距離ですか?」
「ここから湖までの距離と同じ程度だ」
巨人の足音が近づいてくる。見えているのか、偶然か、ユカリには分からない。足音は大きくなっているが、音の間隔、歩幅は長くなっている。巨人が注意深く地面を探している様子をユカリは想像した。しかしそれは楽観的なようにも思えた。
少し木々の開けたところに来てユカリは後ろを振り返り、見上げ、確信する。巨人の体はさらに大きくなっている。ワーズメーズに設置されていた頃の石の巨人像は杉の木の半分もなかったはずだ。先ほど見た姿は杉の木を超えていた。しかしこうして追われている内に杉の木の倍ほどの大きさになっている。
目前に迫った巨人が足を上げる、垂直に。歩くための足の上げ方ではない。小さな何かを踏み潰すための足だ。巨人はこちらに気づいている。
「先に行ってください」
そう言うと、ユカリは梟の鳴き声を【真似し】、宝石の羽根を纏う梟に変身し、風を捉えると夜空高く上昇する。巨人の、眼球の代わりに角の根本の収まる眼窩と目が合う。こちらを見ているのかどうかは分からないが、周りが見えているのは間違いなさそうだった。
巨人は握りしめた右の拳を強く引き、大きく上体を捻る。
巨大梟は素早く羽ばたき、石像の巨人から大きく距離を取った。あの巨大な拳を貰えば一撃で挽肉になってしまうだろう。
放たれた巨大な石の拳はくうを切るが、その腕と共に空気を乱す。梟は慌てることなく巨人との距離を保ち、それでいてデルムが走って行った方向の反対側へと回り込む。巨人も梟を追うように体を捻った。
幾度かの拳をかわし、ユカリは異変に気付く。今度は巨人の体が縮んでいる。巨人が歩けば歩くほど、梟の王を追うほど小さくなっていく。先ほどまでは歩けば歩くほど大きくなっていたのに、だ。ユカリは懸命に頭を捻り、仮説を立てる。
洞窟から距離を取るほど小さくなっているのではないだろうか、と。
そうすると今のこの現象を説明でき、さらにもう一つの仮説が生まれる。巨人が塒にしている洞窟に魔導書があるのではないか、と。
魔性の梟はさらに上昇し、デルムと別れた場所と湖を見比べ、洞窟の位置に目算をつける。そこから離れれば巨人は小さくなるのだとすれば。
やりようはあるかもしれない。
ふと湖の近くまで後退したことにユカリは気づく。小さくなるとはいえ、村の方へ巨人を近づけるわけにもいかない。村からも洞窟からも離れられる方向へと回り込む。
しかし巨人を止める方法を考えつつ、拳を避けながら退く内に想定外の事態に陥る。再び巨人が巨大化し始めたのだった。洞窟から離れているにもかかわらず、一歩進むごとに歩幅が長くなり、振るう拳が肥大化している。
さっき思いついたばかりの仮説がすぐに否定されてしまってユカリは落ち込む。しかしではなぜこの巨人は伸び縮みするのだろうか。とても自分の意志で大きさを変えているとは思えない。
己の混乱を諫めつつ、巨人が拳を大振りに引いたのを見て、再び距離を取る。そうして安全圏まで引き下がった梟に向かって放たれた巨人の拳は掌が開かれていた。指はぴたりと閉じ、巨大な扇のように苛烈な風を巻き起こす。
梟は乱暴な風にもみくちゃにされながら、吹き流される。今何が起こったのか分からず、己の身に何が起こっているのか分からず、上と下が分からない。なすすべもなく暗い森へと落ちてゆく。ユカリは気を確かに持ち、人の声でグリュエーを呼びつつ、落下しながら元の姿に戻る。
少し遅きに失したためにグリュエーという緩衝を引いても強い衝撃で地面に落ちてしまった。痛みに呻くが、こうしてはいられないとユカリは立ち上がる。痛みはあるが怪我はない。しかしとんでもない疲労が肩にのしかかっていることに気づく。両腕を何度も上下する運動など普段しないのだから当然と言えば当然だ。
巨人の足音が近づいてくる。ユカリはまだ見つかっていないことに賭けて、薄暗くも騒がしい森を巨人の方へと走る。
何をされたのか、ユカリは改めて考える。巨大な掌で扇がれて、吹き飛ばされたのだ。大きななりして考えることは小賢しい。そして洞窟との距離と巨人の大きさは無関係らしいことが分かった。
森の奥に巨人の足が見えた。気づかれないように脇を通り抜けるつもりだったが巨大な足は立ち止まる。見つかったのか、とユカリもまた身構える。
強烈な破壊音が薄暗闇の向こうから聞こえてくる。近づいてくる。杉が次々と薙ぎ倒されている。巨人が杉の木を振るっているのだ。杉の怒涛が迫る。ユカリは助けを【叫ぶ】。丸太が迫ると同時に地面から現れた土人形に地面に押し付けられた。杉の木が頭上を横切って行った。
「ご無事ですか! 我が主よ!」
「ご無事だよ」と【微笑み】つつ、口の中に入った土をぺっと吐き捨てる。「ありがとう。それにしてもあの巨人、とんでもないことをするんだから」
杉が滅茶苦茶に薙ぎ倒され、辺りは開け、巨人と魔法少女は目が合った。
「お任せあれ主! 吾輩が見事に召し捕ってくれましょうぞ!」
「いや、無理でしょ! 出来るならそうして欲しいけど、さすがにあれは」
ユカリの言葉に耳を貸さず、守護者は突撃し、巨人に難なく踏み潰された。
「それだ!」とユカリが【叫ぶ】。
「どれでしょうか!? 我が主よ!」と叫びながら、再びユカリのそばで土くれの人形が形を成した。
「まだ出なくていいよ! いや、ちょっと待って。ええっとね。とにかく派手に奴を引き付けてくれる?」
「仰せのままに!」そう言って守護者は再び巨人に立ちはだかる。「聞けぃ! 邪なる巨人よ! いかな悪辣の徒なれども、我が目の曇らぬ内は我が主に指一本触れること叶わぬと思え! 音に聞こえし我が剣の錆びにしてくれようぞ!」
突撃する守護者を脇目にユカリは魔導書の一つを合切袋から取り出し、巨人に向かって走り出す。
守護者が二度三度と巨人の踏みつけを華麗に避ける。そして土くれの剣を掲げ、巨人を指す。
「ええい! その得物は飾りか!」
巨人が挑発に乗ったのか杉の木を振り上げた。守護者もまた迎え撃とうと剣を脇に構える。
まさかと思いつつ、ユカリは肝心なことを思い出す。守護者は叫びに応じて強くなるのだった。もしかしたら打ち勝つことも可能かもしれない。巨人の背後に回り込み、目一杯【叫ぶ】。
「討伐せしめた暁には褒美を取らせようぞ!」
「有り難き幸せ! 我が主! いざ!」
忠良なる騎士の裂帛の気合が月影の下にこだまする。杉の大木と土くれの塊がかち合うその時、ユカリは巨人の左踵のそばへとたどり着き、守護者の魔導書をその巨大な踵に押し付けて【叫んだ】。
「出でよ!」
すると巨人を打ち倒さんと雄叫びをあげていた守護者は途端にただの土の塊に戻り、代わりに巨人の踵から新たな守護者が形成され、踵を失った巨人は振り上げた石の剣を空ぶった。
ユカリまでもが呆気に取られてしまう。いまさらになって守護者の召喚は一人までなのだと知った。
守護者の素材に変えられて踵を失った巨人は踏ん張りが利かずに勢いよく倒れる。そしてその巨体で、先ほどまで守護者を形成していた土くれを圧し潰した。土煙を濛々と立てて倒れた巨人を、その踵から生まれた守護者は呆然と眺めている。
「あの」とユカリは守護者の横顔に声をかける。「ありがとうね」
守護者は倒れた巨人を眺めながら答える。「主よ。恐れながら申し上げます」
いつもと違って張りのない守護者の声を聞き、逆にユカリはびくりとする。
「え? はい。申してみよ」
「騎士の一騎打ちを妨げるのはあまりにもあんまりではありますまいか!?」と守護者はちょっと涙声で言った。
「うーん……是非もなし!」
守護者は何か言いたげな、恨めし気な様子で石の塊に戻った。