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「なあ、まだ終わってなかったの?」
声だけは明るい。音楽でもかけながら歩いてきたような足取りで、蓮司が教室に入ってくる。
すでに遥は教卓の前に立たされ、上着を引き剥がされていた。誰がやったのかは知らない。誰が最初に笑ったのかも、もう分からない。
「いいなあ、愛されてんな。ちょっと嫉妬するよ」
蓮司は笑いながら、誰よりも近くまで歩いてくる。まるで舞台に立つ役者のような足どりで。
「ほら、見てる見てる。視線、気持ちいいか? ……あー、やっぱ嫌?」
片目をつむって、冗談めかす。だけど、その言葉の奥にあるのは、ちゃんとした“悪意”だ。
「そういうの、昔もあったよな。隠してるつもりの顔、俺、結構好きだけど?」
遥はうつむいたまま、何も言わない。息をするのも忘れそうになる。
「でも、仕方ないよなあ。あんな顔で日下部見てたら、そりゃ誰かが気づくって。……いや、むしろ、気づいてほしかったんじゃない?」
蓮司の声はやけに優しい。
「“見つけてください”って。おれにさ。──違う?」
遥の呼吸が、一瞬だけ止まった。
「やっぱ、そういうとこ、かわいくないよなぁ」
ポケットに手を突っ込んだまま、蓮司は首をかしげる。
「いやいや、ほんと。言ってくれればよかったのに。『もうやめて』って。『たすけて』でもいい。お前、まだ一度もちゃんと口にしてないだろ?」
遥は、首を振ることすらできなかった。
「日下部もいねぇし、教師もいねぇし、家はまあ、論外でしょ。じゃあ、誰に期待してんの?」
「俺? ……それはナイな」
軽く笑って、蓮司は腰をかがめ、遥の顔と同じ高さに視線を落とした。
「でも、お前が壊れる顔──それだけは、見てやれるよ」
そして蓮司は、すっと立ち上がり、クラスを見渡した。
「で、続きは? まだ途中だよな」
その一言で、空気が一段濁った。
誰かがまた遥の腕を引く。誰かが背中を叩く。
蓮司は、手を出さない。ただ、見ている。あくまで部外者のように。
けれど──すべての“始点”が彼であることを、遥は知っていた。