こさめは外を小走りに進みながら、胸のざわめきを押さえきれなかった。
「いるまくんもみことくんも早退…? そんなはずないよね…」
旧体育倉庫の近くを通った瞬間、足が止まる。
地面には、見覚えのある防犯キーホルダーが落ちていた。
それは、みことが貰っていたものだった。
「……なんで、ここに……?」
嫌な予感が脳裏をかすめた。
こさめはキーホルダーを拾い上げ、耳を澄ませる。
中から、何かが倒れるような音と、誰かのうめき声が聞こえた。
恐怖と焦りが入り混じる中、こさめは扉の隙間から中を覗き込む。
そこには、明らかに様子のおかしい光景があった。
見間違いではない。いるまとみことが、何者かに囲まれている。
「……やめて!」
こさめは叫びながら、みことと自身の防犯ブザーを思い切り押した。
甲高い警報音が倉庫内に響き渡り、静寂を切り裂く。
男たちが一斉に顔をしかめ、音の方向を睨む。
こさめの手は震えていた。それでも、逃げなかった。
「…絶対に、2人を助けなきゃ……」
耳をつんざくような警報音が校庭の端から鳴り響いた。
「……!?」
らんはポケットの中で震えたスマホを取り出す。画面には防犯ブザー連動アプリの通知——**“SOS信号・こさめ,みこと”**の文字が点滅していた。
GPSの光点が示していたのは、校舎裏の旧体育倉庫。
「なんであんなとこに……っ!」
らんは眉を吊り上げ、振り返る。
「すち、なつ!倉庫だ!急げ!」
3人はほとんど同時に駆け出していた。
廊下を抜け、風を切って走る。
胸の奥で最悪の想像が広がるのを、らんは必死に振り払った。
「間に合え、間に合え……!」
倉庫の中では、警報音が唐突に止んでいた。
足元には壊された防犯ブザーの破片。
こさめは後ずさりしながら震える声を漏らした。
「や、やだ…やめて……!」
男たちの目が獲物を捕らえたようにぎらつく。
一歩、また一歩と距離が詰まる。
「逃げろ、こさめ!!」
縛られたままのいるまが、声を枯らして叫んだ。
その声に反応したのは、みことだった。
みことは意識を保とうとするように小さく息を吸う。
「……逃げて……早く……」
こさめの瞳に涙が浮かぶ。足がすくんで動けない。
その瞬間——
「テメェら、なにしてやがんだ!!」
怒号とともに倉庫の扉が蹴破られた。
らんが真っ先に飛び込み、こさめに掴みかかろうとした男の顔面を思い切り殴りつける。
鈍い音が響き、男が床に倒れ込んだ。
「いるま!!」
「みこと!!」
続いて駆け込んだひまなつとすちがそれぞれの元へ走る。
ひまなつはいるまの縄をほどき、怒りで震える声を押し殺した。
「誰が……やりやがった……」
すちは無言のまま、冷たい目で男たちを睨みつけた。
「よくも、こいつらに……」
その声は低く静かだったが、倉庫の空気を凍らせるには十分だった。
次の瞬間、教師ともう1人の男が壁に叩きつけられる。
倒れ込んだ床には乱れた靴跡と、荒い息の音だけが残った。
らんは震えるこさめを抱き寄せ、頭を撫でた。
「もう大丈夫だ。俺らが来たからな」
すちはみことの頬に触れ、そっと声をかけた。
「……みこと、俺だよ。早く手当しようね」
みことはかすかに目を開き、涙を流しながら小さく呟いた。
「……すち兄…………」
ひまなつはいるまを抱え、声をかける。
「いるま…怪我は?」
いるまはひまなつの体温に安堵した表情をみせる。
「…別に、こんなん平気だから」
倉庫の外では、教師たちと警察のサイレンが近づいてくる音がした。
兄組たちは、互いの無事を確かめ合うように視線を交わす。
「二度と、誰も傷つけさせねぇ」
らんの低い誓いの声が、静まり返った倉庫に響いた。
倉庫の外から教師たちの駆けつける声が響く。
「おい、何があった!?」
扉を開けた瞬間、教師たちは凍りついた。
血のにおいと乱れた空気、そして、怯えたように固まるこさめをしっかりと抱き寄せているらんの姿。
らんはこさめの髪を優しく撫でながら、震える声を抑え込んで口を開いた。
「……新任の教師と、そいつの仲間です。あいつらが……みことといるまに、酷いことをした」
言葉を選びながらも、らんの目には怒りの炎が宿っていた。
教師たちは慌てて電話を取り、警察への連絡をはかる。
新任教師とその共犯者たちは抵抗する間もなく取り押さえられ、やがて警察官によって連行されていった。
男たちの足音が遠ざかると、ようやく倉庫の中に静寂が戻った。
いるまは壁際で、服の袖を握りしめたまま震えていた。
その肩に、ひまなつがそっと上着を掛ける。
「……寒くないように」
声は静かだったが、握る手は怒りと悔しさでかすかに震えていた。
いるまは唇を噛みながら、何も言えずに俯いた。
その体を抱き上げるようにして、ひまなつは立ち上がる。
「もう大丈夫。俺がついてる」
優しい声と温もりに、いるまの強張った体が少しずつ緩んでいった。
一方のみことは、床に崩れ落ちたまま微かに息をしていた。
頬や腕には殴打の跡がいくつも残り、袖口からは赤く滲んだ血が見えた。
すちは膝をつき、みことの頬を両手で包み込む。
「……みこと、聞こえる? 俺だよ」
みことの瞳がゆっくりと開く。ぼーっとした様子で、呼吸も浅い。
「……すちにぃ……?」
かすれた声を聞いた瞬間、すちは胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
「もう大丈夫。ここにいるから」
そのまま、みことの体を慎重に抱き上げる。 温度が足りない。
腕の中で小さく震える体を感じながら、すちは唇を噛みしめた。
保健室に運ばれると、すちはすぐに救急箱を手に取る。
ひまなつがいるまをベッドに寝かせ、毛布をかけた。
すちはみことの服を破れないように脱がせ、傷口を丁寧に消毒する。
消毒液が触れるたびに、みことの指が微かに動いた。
そのたびに、すちは「大丈夫、大丈夫だから」と小さく繰り返す。
声は震えていたが、手つきは驚くほど穏やかだった。
手当を終えると、みことの頬に手を添えたまま、すちは目を閉じる。
「……守れなくて、ごめん」
その言葉は誰にも届かないほど小さな声だった。
隣では、ひまなつがいるまの手を握り続けている。
「よく頑張ったな。もう何も怖くねぇ」
いるまの肩が小刻みに震え、押し殺した嗚咽が零れた。
らんは保健室の扉の外で、こさめの頭を抱き寄せるようにして座り込んでいた。
こさめはずっと泣きながら、「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返していた。
らんは首を振り、優しく背中を叩く。
「謝ることなんかひとつもねぇ。お前が押してくれたから、まだ間に合ったんだ」
夕方の光が窓から差し込み、6人の影を淡く照らしていた。
嵐のような事件の後、ようやく訪れた静かな時間——
それは、痛みと安堵が混じり合う、長い長い一息だった。
ベッドの上でいるまが上体を起こす。毛布を胸元まで引き寄せ、震える声でみことに言った。
「……なんで、逃げなかったんだよ……」
声は怒っているようで、泣き出しそうでもあった。
みことは少しの間、答えられずに視線を落とす。
包帯の上から手を重ね、かすかに微笑んだ。
「……前、守れなかったから。今度こそ、守りたかった…」
いるまの瞳が大きく揺れる。
「バカ……そんなの、俺だって……お前が傷つく方が、よっぽど嫌だ……」
絞り出すように言った後、唇を噛みしめて下を向く。
涙がぽつりと、拳の上に落ちた。
みことはその涙を見て、ゆっくりと手を伸ばす。
震える指で、いるまの頬をそっと拭った。
「もう……大丈夫だよ。俺たち、助かったから」
声はかすれていたが、優しさが滲んでいた。
いるまは言葉を失い、みことの手を強く握りしめた。
「……怖かったろ……」
「…うん。でも、いるまくんがいたから頑張れた」
静かに見つめ合う二人の間に、言葉では言い表せない絆が生まれていた。
涙を拭い合いながら、互いに生きてここにいることを確かめる。
その光景を、少し離れたところで見守っていたすちとひまなつは、何も言わずに目を伏せた。
みことの笑顔が痛々しいほど優しくて、胸が締めつけられた。
すちはみことを抱き上げ、ソファの背もたれに座るように促すと、みことは力の抜けた体をそのまま預けた。すちはそっとみことの頬に手を添え、指先で涙で濡れた目元を優しく擦りながら、低く穏やかな声で囁く。
「よく頑張ったね……でも、自分のことも大切にしようね」
みことは小さく息を吐き、肩をすちに預けて深くうなずいた。まだ体は震えており、あちこちに打撲痕や血の滲みが残っていたが、すちの手の温かさが少しずつ心を落ち着けていく。みことの手はすちの腕にしっかり絡みつき、安心したかのようにぎゅっと握った。
隣では、いるまがひまなつに向き直っていた。
「助けてくれて、ありがとう……」
いるまは震える声で言う。
ひまなつはそっといるまの肩に手を置き、上着越しに体の様子を確かめる。
「怪我はない?痛いところは?」
いるまは小さく首を振りながらも、安心できるひまなつに飛び込むように抱きつく。胸に顔を埋め、震える肩をひまなつに預けながら、ぽろぽろと涙を零した。
「怖かった……」
ひまなつはその肩を包み込むように抱き寄せ、髪を撫で、温かい手で背中をさすった。いるまの呼吸は徐々に落ち着き、体の震えも少しずつ和らいでいく。いるまは涙で濡れた頬をひまなつに押し当て、心の中の不安や恐怖をその腕の中に吐き出すかのようだった。
みこともすちに抱かれたまま小さく首をすくめ、まだ警戒心が残る体をすちの温もりで包み込まれるように休ませた。すちはみことの背中を抱きしめ、手のひらで頭を軽く撫で、耳元に口を寄せてささやく。
「大丈夫だよ、もう怖くないから……ずっとそばにいる」
みことは安心したように肩をすちに預け、唇をそっと重ねた。その瞬間、抱き合う二人の間に言葉はいらず、互いの温もりと存在が全てを語っていた。
いるまもみことも、抱きしめられる安心感と守られた心地よさに、ようやく少しずつ落ち着きを取り戻していった。保健室の静けさと穏やかな光の中、二組の兄弟はそれぞれの腕の中で、恐怖と痛みから守られた心を少しずつ癒していた。
らんとこさめが保健室に入ると、空気は一層緊張感と安堵が入り混じったものになった。
こさめは息を荒くしながら涙ぐみ、両手を広げているまとみことに抱きついた。
いるまとみことの服はこさめの涙で濡れ、しっとりとした感触が残る。こさめの小さな体が震えており、嗚咽混じりに涙を流す声が響いた。
いるまは一瞬驚くも、すぐにこさめの背中を包み込むように手を回し、頭を撫でながら「心配かけてごめんな」と小さな声で謝った。こさめの温もりと涙が直接伝わり、胸の奥がぎゅっと締め付けられる感覚があった。
みこともすちの腕の中でこさめに顔を寄せ、優しく背中をさすりながら「助けに来てくれて、ありがとう」と声をかける。こさめはそれに顔を埋め、しばらく震えながらも少しずつ落ち着きを取り戻していった。
らんは様子を見守りつつ、そっと手を添え、こさめを包み込むように抱きしめた。こさめの涙はまだ止まらないが、周りの温もりに守られ、安心感が少しずつ体に広がっていった。
保健室の静かな光の中、いるま、みこと、こさめ、そしてひまなつ、すち、らんの六人は、互いの存在に支えられながら、恐怖と痛みのあとを少しずつ癒していくのだった。
コメント
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この家族の幸せをただただひたすら願い続けます…お兄様方かっこいいッッ
兄弟…尊い……癒し…