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雪音水綺@全垢フォロ中
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ああ、この第15話、すごく良かったです……。食卓の温かさと、十年越しに交わされる本音がじんわり沁みました。特に「自分のお代わりくらい自分でよそう」と言う潤が、知佳に抱きしめられて「可愛すぎて我慢できなくなった」って流れ、もう胸がぎゅっとなる。しかも最後の山盛りご飯のギャップ、あれで日常に戻る感じが絶妙。契約結婚の静かな緊張が、少しずつ解けていく過程が本当に丁寧で、設定の緩み方が心地いいです。
今日のメニューは、金目鯛の煮付けにほうれん草のお浸し、野菜のナムル、お豆腐のお味噌汁。それから生ハムと大根の和風サラダ。
出来立てのお味噌汁の香りにほっとして、食欲が刺激される。
これが豪邸の食卓に相応しいのかは躊躇するところだけれど、潤が帰宅するなりジャケットとネクタイを外し、いそいそと食卓に着く姿を見て、私は毎回安堵していた。
テーブルに向かいあって座り「いただきます」と言い合う。少しすると、早くもご飯が少なくなっている潤のお茶碗に気がついた。
「潤、ご飯のお代わりいりますか?」
「ありがとう。でも、自分のお代わりくらい自分でよそうよ。知佳はゆっくり食べてて。それより、煮付けの味付けが俺好みすぎる。甘辛でコクがあって、サラダのドレッシングまで美味い。知佳の料理はご飯が止まらないな」
潤ににっこりと微笑まれると、新婚家庭のような気分になる。
そんな言葉を口に出しそうになったが心に留めて、「ありがとう」と返すと、潤は箸を箸置きに置いて、温かいお茶を一口飲んだ。
「そういえば、昔も知佳によくお弁当やお菓子を作ってもらっていたな」
「あ……覚えていてくれたんですね」
私も箸を止める。
一緒に住むようになってから、コミュニケーションに問題はない。
けれど、互いに十年前のことはあまり触れずにいた。
私は別れを切り出した気まずさがあり、潤はそれを受け入れた手前、思うところがあるのかもしれない。
けれど最近は、こうして少しずつ過去に優しく触れる機会が増えてきた。
(あの時に比べれば、料理の腕は上達したはず……)
当時の潤には物足りない差し入れだったかもしれない、と少しばかり視線を落とすと、潤の穏やかな声が響いた。
「忘れないよ。実はあの時、知佳の料理がもっと食べたかったけれど、なんだか気恥ずかしくて言えなかったんだ」
「えっ」
ぱっと顔を上げると、潤の知的で麗俐な美貌に気恥ずかしさが差し込んでいた。
「ガッツいていると思われたら嫌だったし、作るのも手間だろうからね。でも今は、気兼ねなく知佳の料理を食べられて嬉しいよ」
潤の意外な言葉に目を見開くと、彼はハッとしたような顔になった。
「あ、毎日作れってことじゃないから。その辺は知佳のタイミングに任せる」
潤はふっと笑って「お代わりしようかな」と言い、立ち上がろうとした。
私はそれより早く立ち上がり、潤に歩み寄る。そして、お茶碗を持つ彼の手をそっと掴んだ。
「知佳、どうした?」
「私、ずっと潤に奢ってもらってばかりで……その分差し入れをしていたけれど、潤にとってはあまり嬉しくなかったかもしれないって、ずっと引け目を感じていたんです」
当時言えたら良かった本音を、十年越しに吐き出した。それはほろ苦さを伴っていたけれど、どこか爽快でもあった。
「知佳……」
「お食事中にごめんなさい。でも、当時も今も、潤が私の料理を喜んでくれていたのが嬉しくて──」
私の勘違いだったのだ。そう思うと、救われたような気持ちになった。
胸の奥に食卓の温かさが移ったかのように、ほろ苦さは消え、代わりにじんわりとした温もりが込み上げる。
「だから、潤のご飯は私がよそいます。これからも、ご飯を作らせてください。潤はゆっくりしていて……ね」
にこっと笑ったつもりだけれど、上手く笑えた気がしなくて、潤の反応を見ないままお茶碗を持ってキッチンへと逃げ込んだ。
キッチン横に置いてある炊飯器を開けると、温かい湯気がふわっと頬を撫でた。
……恥ずかしいっ!
好きだと言ったわけではないのに、まるで告白したような気分だ。気持ちを落ち着かせるために、お茶碗にいそいそと、ご飯をよそう。
夫婦の会話として、今の流れは正解だっただろうか。
それとも、仕事を労った方が良かったかもしれない。
素直に気持ちを言うって、なんて大変なんだろう。
そう考えていた時、背後に気配がした。
振り返る間もなく、潤が私の体を後ろから柔らかく抱きしめた。
「じゅ、潤っ?」
「知佳が可愛すぎて、食事中だけど我慢できなくなった」
潤の深く熱を帯びた溜息が耳元を掠め、頬が熱くなる。
「私は何も、可愛いことなんて……」
「してる。もう、ずっと毎日、可愛い」
潤はそう断言して、私の頬に顔を寄せた。
お腹に回された腕に、きゅっと力がこもる。その柔らかな力加減に鼓動が速くなり、私は手に持っていたお茶碗としゃもじをそっと台の上に置いた。
今までなら「嬉しい」としか言えなかった。けれど、今日は少しだけ言葉を選んでみる。
「潤はずっと、格好いいです。それに、こうして完璧な『旦那様』になってくれたから、私も『妻』を頑張らなきゃって思っています」
「……知佳は頑張らなくていいよ。そのままで十分だから」
でも──潤と私のために、変わりたくて。
『契約結婚』を、本当にしたくて。
もどかしい思いをどう伝えようか迷っていると、潤が耳元で囁いた。
「俺のお嫁さんになってくれて、ありがとう。愛してる」
「……っ!」
愛の告白に、ふいにあの夜の潤を思い出してしまった。
お腹に回っていた彼の手がゆっくりと上がり、私の首筋で止まる。艶めいた指先の動きに、ぴくりと体が震えた。
潤の長い指が、襟の下に隠れていたネックレスのチェーンをしゃらりと引く。
首筋をなぞる冷たい金属の感触に、肌が粟立つ。密着した背中から伝わる彼の熱に、ゾクッとするような感覚が突き抜けた。
「……ぁ、くすぐったい、です……」
「知佳は、何か考えていることがあるみたいだね」
潤のやんわりとした追及から逃げられない。チェーンがまた肌の上を滑る。
顔が見えない分、感覚が過敏になっていく。
まるで首輪を嵌められているような錯覚を抱きながら、私は「……うん」とだけ答えた。
「じゃあ、夫婦円満のために、食事のあとゆっくり話そうか。場所はお風呂場でいいかな」
「お風呂場……?」
問い返すと同時に潤の体がパッと離れ、チェーンもすとんと元の位置に戻った。
指輪と鎖が微かな音を立てる。
首元を押さえながら振り返ると、潤はいつもの上品な笑みを浮かべていた。
「知佳、ご飯はそれ以上盛らなくてもいいよ。ありがとう」
彼が指差した先には、山盛りを通り越してこんもりと、お米が盛り上がったお茶碗があった。
「ああっ、ごめんなさい……!」
やってしまった、と肩を落としてしまう。
「知佳の愛だと思えば、これくらい朝飯前だよ」
潤は山盛りご飯を気にする風もなく、悪戯っぽく笑ってお茶碗を手に取り、食卓へと戻っていく。
先ほどまでの艶やかな空気はどこへやら、白米の甘い香りが漂う、穏やかな夕食の時間が流れているだけだ。
私は不埒な想像を振り払うように、慌てて彼の後を追った。