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ようやく客から解放された凪は、一応お礼を言って解散した。案の定延長すると言ってきたが、どうしても外せない仕事があるからと宥めたのだ。

この後も予約が入っていたのだが、客の都合で日を改めることになった。今までは予定を狂わされたことに苛立ったが、今日は救われた気がした。


あの女の隣ではまともに寝ることができなかったため、暫くちゃんと眠りたいと目を擦った。

内勤に連絡を入れて一旦帰宅した。精神的なストレスか、体が重く感じた。自宅の空間ががとてつもなく安心できた。今まで1人はあまり好きではなかったのに、こんなにも1人が落ち着くと感じる。

凪は着ている服を全て脱いでそのままベッドへ倒れ込むと、気を失うようにして眠った。


たった3時間だが、よく眠れた気がした。目が覚めると頭の中がスッキリしていて色んなものから解放された気がした。

そういえば、さっきの客にアフターメールしていないことに気付く。また癇癪を起こしても困るから、とりあえず連絡だけは入れておいて出禁にしようと凪はDMを開いた。


自分が送る前に向こうからメッセージが届いているのが見えて嫌な予感はしたが、それが的中した時の重苦しさったらなかった。


『快くん、今日怒っちゃってごめんね。反省してるよ……。快くんがセラピスト辞めるまで待つから嫌いにならないでほしいな』


『快くん仕事中? 忙しいって言ってたもんね。DM読んだら返事ちょうだいね』


『ねぇ、貸切りまでしたのにアフメもないってどういうこと? 仕事なめてんの?』


『ありがとうの一言も言えねーのかよ。クソセラピ』


『快くん。連絡待ってるんだよ。好きなんだよ。一言ありがとうって言ってくれたらいいの。ゆきのこと好きだよね?』


凪はそこまで読んで吐き気がした。


「きっも……情緒どうなってんだよ」


思わず口に出てしまった。もう二度と会いたくないと思った。このまま連絡すら返したくないと憂鬱だったが、仕方なくお礼の言葉は入れ、もう会うのはやめようと伝えた。


それから店にも出禁にする旨を伝え、千紘の時のように名前や番号を変えて予約する可能性を考えて、もう暫く新規は取らない方向にした。


DMの通知をオフにしてはいるが、今頃鬼のようにメッセージが届いているのだろうと思うと震えた。

思えばこんな客ばかりだと凪は目を瞑った。色恋営業をした自分も悪い。そうわかってはいるが、もう今更のことだ。こんな人間ばかりを相手にしていたら本当に気がおかしくなってしまう。


凪はそろそろ次の予約もあるから支度しなければと重い腰を上げた。それと同時に電話が鳴った。凪はビクリと体を跳びあがらせた。

あの客には電話番号を教えていない。客によってはラインの交換までしたが、あの女に関しては最初から異常な雰囲気を感じて本名もラインも教えなかった。

店のルールだからと断ったのだ。それなのに着信音に驚くなんて、相当疲弊していたのだと自分でも驚いた。


しかし、スマートフォンの画面を見て更に驚く。表示されていたのは千紘の名前。まだ美容院は営業時間のはずだ。客だって多いだろうにこんな時間にどうしたのかとスマートフォンを手に取った。


「どした?」


「あ、凪ー? ご飯行こー」


何かあったのかと思いきや、能天気な声が聞こえて凪はずっこけそうになった。


「なに、お前今仕事中だろ?」


「たまたまお客さんキャンセル出て時間空いたのー」


「へぇ。俺と一緒じゃん」


「えー。マジ? タイミングいいねー。俺ら振られ仲間だね」


「振られ仲間ってなんだよ。そんな仲間に入れんな」


「はは。ねぇねぇ、ご飯行こーよー」


千紘は明るい声で言う。こんなにも数日間放置したのに、本人は全く気にする素振りはない。数時間も待てない先程の客とは大違いだ。凪は、そんな楽観的な千紘の声にふっと頬を緩めた。


「俺これから仕事なんだって」


「えー」


「……23時解散予定だけど、遅くてもい?」


普段の凪ならそこに延長させ、何時間か引っ張るはずだった。ただ、今回はコース時間のみでいいかなんて考えた。


「いい、いい! 全然平気!」


「あっそ。じゃあ、とりあえず終わったら連絡するわ」


「うん! 飲もう!」


「んー……まあ、いいけど」


仕事中は飲んではいけないわけじゃない。客の要望があれば一緒に飲むこともある。次の予約打診があったら飲酒してるがいいかと確認する必要はあるが、ただそれだけだ。

こんな日はぱーっと飲んで嫌なことを忘れたい。そんな気持ちもあったが、なんだか飲みすぎてしまいそうな気もした。


「んじゃ、決まりね。またねー」


ただ、明るい千紘の声を聞いていたら、何となく明るい気分になって、あんなに腰が重かったはずが、仕事頑張ってくるかなーなんて思えた。


凪は客と解散してから千紘へと電話をかけた。いつか一緒に行ったイタリアン居酒屋で既に飲んでるから来いと言うのだ。


軽く返事をして向かう。今まで一緒にいた客は、すんなりと解放してくれたので助かった。むしろ客の方は延長しなくて安堵しているようだった。先月は凪がかなり無理をさせたのだ。

売り上げ欲しいからもうちょっと頑張れないかと何度も延長させた。最初からコースを組むよりも30分ずつ延長する方が割高なのだ。

だから何時間も延長すれば当然料金も跳ね上がっていく。


今月はセーブしたいが、凪にお願いされたら断れないし、ケチな客だと思われたくない。凪の中でいい客のポジションでいたい。そんな健気な客は、既に凪の言いなりだ。

ただ、今回は凪から延長はできないと言われたことで、緊張が緩んだようだった。


凪自身も先月は追い込んだ自覚があった。そんな彼女に「先月大変だったでしょ? 本当は少しの時間でも会えたら嬉しいんだよ。今日も十分楽しかったし、嬉しかった。俺のために頑張ってくれてありがとうね」なんて、気遣ったふりをした。

客は千紘との約束があるから延長をしなかっただなんて思いはしない。それどころか、懐が寂しくなりつつある自分を心配してくれているんだと勘違いした。


凪はおそらく彼女は今月もまたどこかで予約を取り、その時には自ら喜んでロングコースにするだろうと思えた。


心配した素振りを見せれば喜び、お姫様扱いをすれば特別感を抱く。中には迎えに来てもらって当然だと思う客もいれば、店やホテルまでエスコートしてもらうところまでをサービスだと考えている客もいる。


それに対して、待ち合わせ時間よりも先に店で飲んでて勝手に合流しろという千紘の言葉が楽だと感じた。


男は楽でいいよなぁ。待ち合わせも解散も現地でいいし。送迎なしでも文句なんか言わない。少しくらい約束の時間が遅れたって、勝手に時間を潰してくれる。


凪は心が軽くなるのを感じながら、千紘のいる店を目指した。

ほら、もう諦めて俺のモノになりなよ

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