テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第4話「エルフの集会に人間が一人」
土曜日。
午前十時。
相沢直人は駅前で森野リリカを待っていた。
待ち合わせ場所は会社の最寄り駅ではない。
都心から電車で四十分ほど離れた、小さな駅だった。
改札の前には観光案内の看板がある。
山。
川。
ハイキングコース。
嫌な予感しかしない。
「お待たせしました」
振り返る。
相沢は一瞬、誰だか分からなかった。
森野だった。
いつもの巻き髪ではない。
髪をまっすぐ下ろしている。
そして。
耳が出ていた。
長い。
想像していたより、ずっと長い。
髪の間から斜め上へ伸びている。
「……」
「何ですか」
「いや」
「言いたいことがあるなら言ってください」
「エルフだ」
「エルフです」
「本当にエルフだ」
「今さらですか?」
森野は少し不機嫌そうだった。
しかし相沢は見てしまう。
耳。
やはり気になる。
「見すぎです」
「だって普段見えないし」
「今日は隠す必要がありませんから」
「ここで大丈夫なの?」
「この先なら」
森野は帽子をかぶった。
耳が隠れるように作られた大きめの帽子だった。
「行きましょう」
「どこへ?」
「集会です」
「それは聞いた」
「なら来てください」
駅前からバスに乗った。
乗客は少ない。
二十分ほど走る。
山が近づいてきた。
相沢は窓の外を見た。
「やっぱり森なんだ」
森野がこちらを見る。
「何ですか」
「エルフの集会だから」
「またそのイメージですか」
「違うの?」
「違います」
バスを降りる。
そこから十分歩いた。
そして森野が立ち止まった。
「着きました」
相沢は目の前を見る。
「……ここ?」
「はい」
そこにあったのは。
市民文化センターだった。
鉄筋コンクリート三階建て。
入口には、
『地域交流文化センター』
と書いてある。
「森じゃない」
「だから言ったでしょう」
「エルフの集会だよね?」
「そうです」
「もっとこう、巨大な樹の下とか」
「雨が降ったらどうするんですか」
「森の奥の神殿とか」
「冷暖房がありません」
「月明かりの泉とか」
「蚊がいます」
現実的だった。
森野が建物へ入る。
相沢も後を追った。
受付には、
『自然文化研究会 定例会』
と書かれていた。
「これ?」
「表向きの名前です」
「なるほど」
「受付します」
受付には若い女性が座っていた。
いや。
若く見える女性だ。
森野を見る。
「リリカ」
「久しぶり」
女性の耳は普通だった。
相沢が少し安心する。
すると女性が相沢を見た。
「この人?」
「はい」
「人間?」
「はい」
女性の目が細くなった。
「本当に連れてきたの?」
「仕方ないでしょう」
「長老、怒るよ」
「分かってる」
相沢は二人を見る。
「ちょっと待って」
「何ですか?」
「この人も?」
女性が笑った。
そして自分の耳をつまんだ。
するり。
耳の上に貼られていた薄いものが取れた。
その下から。
長い耳が出た。
「うわ」
女性が笑う。
「いい反応」
「耳、隠してたんですか」
「特殊メイク」
森野が言う。
「そういう方法もあるんだ」
「私は肌が弱いので使えません」
「だから髪?」
「はい」
相沢は納得した。
受付の女性が名簿を見る。
「相沢直人さん」
「はい」
「三十一歳」
「はい」
「人間」
「はい」
「職業、会社員」
「はい」
「森野リリカとの関係」
相沢が止まる。
森野も止まる。
「同僚です」
二人同時に答えた。
受付の女性が笑った。
「はいはい。同僚ね」
「何ですか」
森野の耳が動く。
ぴく。
女性がそれを見た。
「あら」
「何」
「別に」
森野が耳を押さえた。
相沢は思った。
やはりエルフ同士でも耳で感情が分かるらしい。
二階へ上がる。
会議室の前。
森野が立ち止まった。
「相沢さん」
「何?」
「一つお願いがあります」
「耳を見ない?」
「違います」
森野は真剣だった。
「余計なことを言わないでください」
「例えば?」
「私の年齢とか」
「百四十三」
「声が大きい!」
「誰も気にしないんじゃない?」
「気にします」
「みんな百歳超えてるんでしょ?」
森野は黙った。
「違うの?」
「いろいろです」
「最高何歳?」
「それも聞かないでください」
「魔法は?」
「聞かない」
「寿命は?」
「聞かない」
「人間と結婚できる?」
森野の耳が跳ねた。
「絶対聞かないでください!」
「分かった」
「本当に?」
「たぶん」
「帰ってもらいますよ」
「分かったって」
森野は深呼吸した。
扉を開けた。
相沢は固まった。
会議室には三十人ほどいた。
若い男女。
中年の男性。
高齢の女性。
見た目は普通だ。
ただし。
全員。
耳が長い。
「……すごい」
思わず声が出た。
三十人のエルフが一斉に相沢を見る。
静まり返った。
相沢は小声で言った。
「森野さん」
「はい」
「帰りたい」
「遅いです」
一番奥に座っていた老人が立ち上がった。
白髪。
白いひげ。
長い耳。
非常にエルフらしい。
相沢は思った。
ようやくイメージ通りの人がいた。
老人が近づいてくる。
「君が相沢君か」
「はい」
「森野リリカの秘密を知った人間」
「はい」
老人は相沢をじっと見た。
「私は榊原だ」
「よろしくお願いします」
「年齢は四百八十二歳」
「自分から言うんですね」
森野が相沢の腕をつねった。
「痛い」
「余計なことを言わないでください」
榊原は笑った。
「まあ座りなさい」
相沢と森野は並んで座った。
集会が始まる。
最初は普通だった。
会計報告。
活動報告。
来月の予定。
「普通の自治会みたいだな」
相沢が小声で言う。
「静かに」
森野が答える。
「続いて、生活環境委員会から」
若い男性エルフが立つ。
「最近、人間社会で耳を隠さず外出する若者が増えています」
ざわざわ。
「特に深夜の繁華街です」
別のエルフが手を挙げる。
「コスプレだと思われるから問題ないでしょう」
「SNSに載る危険があります」
「加工だと思われますよ」
「しかし――」
真剣な議論が始まった。
相沢は森野を見る。
「大変なんだな」
「そうなんです」
「エルフもSNS問題あるんだ」
「現代最大の問題です」
次の議題。
「エルフ向け賃貸住宅について」
相沢は吹き出しそうになった。
「笑わないでください」
「だって」
「耳のせいで防音よりカーテンが重要なんです」
「どういうこと?」
「窓際で耳を出しているところを向かいのマンションから見られます」
「ああ」
確かに。
さらに議題が続く。
長寿者の年金問題。
戸籍更新の方法。
同じ会社に長期間勤務しないための転職計画。
過去の写真をネットに載せないための対策。
百年前の知人と顔が同じだと指摘された場合の対応。
どれも妙に現実的だった。
そして。
ついに。
「では最後の議題です」
榊原が言った。
会議室が静かになる。
「森野リリカの件」
森野の背筋が伸びた。
相沢も姿勢を正した。
榊原が二人を見る。
「人間に正体を知られた」
「はい」
森野が答える。
「経緯を」
森野が説明した。
会社。
風。
髪。
耳。
偶然だったこと。
相沢が誰にも話していないこと。
説明が終わる。
一人の女性エルフが手を挙げた。
「記憶処理は?」
相沢が固まる。
「え?」
森野が女性を見る。
「必要ありません」
「でも規則では」
「本人は秘密を守ると言っています」
「人間の約束でしょう?」
空気が変わった。
相沢は森野を見る。
森野はまっすぐ前を見ていた。
別の男性が言った。
「リリカ。人間は寿命が短い」
「関係ありません」
「感情も変わる」
「エルフも変わります」
「しかし」
「私は相沢さんを信用します」
相沢は森野を見る。
森野の耳は動かなかった。
まっすぐ立っている。
本気なのだ。
榊原が相沢を見る。
「相沢君」
「はい」
「君はなぜ秘密を守る?」
相沢は考えた。
難しい答えはいくらでも作れる。
だが。
結局、一つしかなかった。
「森野さんが困るからです」
会議室が静かになる。
「それだけか?」
「それだけです」
「エルフの存在を世間に公表すれば有名になれるかもしれない」
「興味ありません」
「金になるかもしれない」
「それも興味ないです」
「研究機関に情報を売ることもできる」
相沢は少し腹が立った。
「しません」
榊原は相沢を見つめた。
「なぜ?」
相沢は隣を見る。
森野と目が合う。
「森野さんは同僚だから」
森野の耳が動いた。
ぴく。
相沢は続けた。
「友達でもあるし」
ぴく。
「たぶん」
森野の耳がさらに動いた。
「俺にとっては、エルフより森野さんなんです」
森野の耳が。
ものすごく動いた。
ぴくぴくぴくぴく。
会議室のエルフたちが一斉に森野を見る。
「……」
森野は真っ赤になった。
両手で耳を押さえる。
「見ないでください!」
誰かが笑った。
別の誰かも笑った。
受付にいた女性が言った。
「リリカ、耳すごいよ」
「うるさい!」
「百年ぶりくらいに見た」
「見ないで!」
相沢は小声で聞く。
「百年前にもこうなったの?」
「相沢さん!」
会議室が笑いに包まれた。
榊原だけは静かに二人を見ていた。
やがて。
「分かった」
全員が静かになる。
「相沢直人については、当面、記憶処理を行わない」
相沢はほっとした。
「ただし」
榊原が言う。
「条件がある」
「何ですか?」
「監視役をつける」
「監視?」
「君が秘密を漏らさないか確認する」
「誰が?」
榊原は森野を見る。
「森野リリカ」
相沢と森野が同時に言った。
「え?」
榊原は淡々と続ける。
「勤務先も同じ。都合がいい」
森野が立ち上がる。
「ちょっと待ってください」
「何だ」
「監視って具体的には?」
「できるだけ一緒に行動する」
「会社で?」
「会社外でも」
森野の耳が動いた。
「会社外?」
「休日も必要に応じて」
ぴく。
「二人で?」
「当然だ」
ぴくぴく。
受付の女性が笑いをこらえている。
森野が睨んだ。
「何ですか」
「何でもない」
榊原が相沢を見る。
「異論は?」
「ありません」
「即答しないでください!」
森野が叫んだ。
集会が終わった。
二人は文化センターを出た。
駅へ向かって歩く。
森野はずっと無言だった。
「森野さん」
「……」
「怒ってる?」
「怒ってません」
耳が動いた。
ぴく。
「怒ってる」
「だから耳で判定しないでください!」
「でも監視役か」
「形式だけです」
「休日も一緒だって」
「必要なときだけです」
「今日みたいに?」
森野が黙る。
耳が動く。
相沢は笑った。
「何ですか」
「いや」
「何ですか」
「監視されるのも悪くないかなって」
森野の耳がまた動いた。
「私は嫌です」
ぴく。
「嘘だ」
「嫌です!」
ぴくぴく。
「耳は正直だな」
「相沢さん!」
森野が追いかけてくる。
相沢は笑いながら少し早足になった。
駅まであと五分。
その途中。
森野が突然止まった。
「あ」
「どうした?」
森野は前を見ている。
相沢も見る。
道の向こう側。
一人の男性が立っていた。
黒いジャケット。
三十歳くらい。
長身。
こちらを見ている。
そして。
耳が長い。
エルフだった。
森野の表情が変わった。
「知り合い?」
相沢が聞く。
森野は答えない。
男性がこちらへ歩いてくる。
「久しぶり」
森野の耳がぴたりと止まった。
「……久しぶり」
男性は相沢を見る。
「人間?」
「はい」
森野が答える。
男性は少し驚いたようだった。
そして森野を見る。
「珍しいな。リリカが人間の男と一緒なんて」
「会社の同僚です」
「そう」
男性は相沢へ軽く頭を下げた。
「神崎レオンです」
「相沢直人です」
握手する。
なぜか。
妙に力が強い。
神崎が森野を見る。
「リリカ」
「何?」
「今度、時間ある?」
森野は少し迷った。
「何で?」
「話したいことがある」
「ここじゃ駄目?」
「二人で話したい」
相沢は何となく居心地が悪くなった。
森野が答える。
「分かった」
「連絡する」
神崎は去っていった。
相沢はその背中を見る。
「誰?」
「昔の知り合いです」
「昔って?」
「昔です」
「百年前?」
「そこまで昔じゃありません」
「元彼?」
森野が止まった。
ぴく。
耳が動いた。
相沢も止まった。
「え」
森野は目をそらした。
「帰りましょう」
「ちょっと待って」
「電車が来ます」
「元彼なの?」
「相沢さん」
「はい」
森野は顔を赤くした。
「エルフにもプライバシーがあります」
そう言って歩き出す。
相沢は追いかけた。
なぜだろう。
さっきまで楽しかったのに。
胸の奥が。
ほんの少しだけ。
面白くなかった。
コメント
1件
第4話、めっちゃ良かったです!エルフの集会がまさかの市民文化センターで、議題がSNS対策や賃貸住宅の問題とか、現実的すぎて笑いました(笑)。森野さんの耳が感情でぴくぴく動くのが可愛すぎて、ずるいです。最後に元彼っぽい神崎さんが出てきて、空気が一変したところがすごく気になる…。これは続きが待ち遠しいですね!