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「ただいま」
「おかえりなさいませ、キルア様」
いつも通り、仕事を終えて帰ってきた。
イルミのやつに促されて家に帰ってきてから、俺は親父か兄貴に仕事をもらうか、地下の拷問部屋でミルキに鞭でうたれるかのどちらかで過ごしていた。
ま、鞭で打たれてる方が多いけど。
今は親父に仕事の報告をしに行く途中。
執事のひとりとすれ違ったので挨拶ついでに質問する。
「兄貴はもう帰ってきてんの?」
「ミルキ様はいつも通りお部屋に篭っておりますが。」
「あー、そんくらい知ってる。俺が聞いてんのはブタくんじゃなくて……イルミの方なんだけど。」
既に帰ってきているのであれば極力会いたくないのが本音だ。
ただでさえ、仕事帰りで疲れてるってのに、あの俺を捉えて外さない暗い瞳となんとも言えない威圧感にさらされるなんてまっぴらごめんだ。
けど、質問の答えはなかなか返ってこない。執事の様子を伺ってみると、明らかに困った顔をしていた。
「キルア様……」
「……なんだよ。」
「イルミ様……とは、どなたの事でございましょうか?」
「なっ」
ただ帰ってきているかどうか聞いただけ……なのに返ってきた答えは―
―誰ですか?
「おっ、ま、イルミはイルミだぜ!?俺達兄弟の中で一番上の!!」
「?キルア様の上にはミルキ様しか存じ上げませんが……」
「っふざけ……!」
…存在していない。この執事は本当に知らない。と、そう直感で悟る。
イル兄の……兄貴の存在が……無かったことに?!
「うそ……だろ……??」
「き、キルア様?顔色が……」
「っ!!!」
「キルア様!!」
まっすぐ、親父の部屋に向かう。
「っ親父!!!」
勢いよく扉を開け、中に入るが誰もいない。
「シルバ様は今はキキョウ様とお出かけになっております」
「っくそ!!!!」
屋敷中聞いて回ったが、皆イルミのことは覚えてない様だった。
ミルキも、カルトも―
ゴトーになんとかお願いをしてゴン達にも俺をここへ戻るよう脅迫してきたヤツは誰だと問いかけさせてみたものの、同じ返答。
イルミなど知らない、と返ってきたらしい。
……兄貴のいない世界。
「はー……」
夜になり、自室に戻ってため息をつく。
あの後も片っ端から聞いていったが結局兄貴を知ってるものは誰一人いなかった。
「っはは!兄貴のいない世界ってよく考えてみたら結構いいかもなっ!束縛されねぇし!針も刺されねぇんだぜ!?」
いーじゃん!!とすごく明るく自分に言い聞かせるように口にしてみたが、何故か虚しいだけだった。
窓からは満月の光が差し込み、冷たい夜を強調させる。
夜の闇は俺達暗殺を生業とするものの味方。そして居場所。兄貴が一番似合う時間―
「イル兄……」
寝れない。
この奇妙な現象のせいだ。
なんで俺だけが覚えてるんだ?なんで……みんな兄貴のことを覚えてねぇんだよ…っ!!
答えの出ない問いに苛立ちを覚えた俺は舌打ちを一つしてベットから飛び起き窓を開けてバルコニーに出る。
そして、音もなく外に飛び出す。
ただただ私有地の山を駆け抜ける。
夜のヒンヤリとした空気が気持ちいい。
イライラも、かすかに頭ん中にかかった靄も。何もかもすべてを置き去りにして駆け抜ける。
たどり着いた先は―草原。
この山唯一と言っていいほどのこの草原は空を覆い隠す木もなければ標高もそこそこあるから視界が開けて開放感に溢れている。
あの家に縛られていた俺のお気に入りの場所だ。
草原の中心に寝転び、空を見上げる。
相変わらず満月は煌々と光り、闇を強調している。
そんな月から視界を背けるように目を閉じる。
閉じた瞼の裏に描かれるのは、やっぱりイル兄。
一番近くにありすぎてうざいくらいだった存在が、今日という日に忽然となくなった。
俺の行く道を作る道しるべ、俺の教育係、黒く長く艶やかな髪を持っていて、白くて、血に汚れてもなお美しい……俺の。
「…………あ、にき。」
いつもつきまとってきて、俺の行動はすべて把握してて、バカみたいに強くて。
幼い頃からずっと一緒だった。メシ食うときも遊ぶ時も。
寝る時は、よくイル兄の腕の中で寝ていた。外見からは冷たいイメージしかないが腕の中は何故か暖かくて安心した。
イル兄はいつも無表情だけど、時々、ほんとに一瞬、目と口元が緩んでるのを見たことがある。
あのイル兄の笑顔は忘れられない。
そして、仕事を貰い始めた頃。
任務の最後にはいつも目に付くところに兄貴がいて、一緒に帰ってたりした。
仕事中にも関わらず、兄貴がいるって、無意識の内に頼って勝手に安心してた。
兄貴は俺に甘すぎる、俺の事を大切にしすぎる。これはけして過信なんかじゃない。そしてそれは俺の自由を奪う。
―だから俺は家を出た。自分にも自由が欲しかったから。けど、理由はそれだけじゃなかった。
誰よりも、何よりも……兄貴のために。
狂った愛情に薄々感づいていた。これ以上、兄貴に頼るわけには行かない。これ以上……俺のせいで兄貴を狂わせちゃいけないって。そう、心の片隅で思っていた。
ハンター試験の時は自由だった!初めての自由!!
スッゲェ楽しくて!面白くて!自分で自分のこともやって、ちゃんと自立しているつもりだった。
本当に俺は自由なんだって、兄貴のこと、兄貴のために家を出ていったことを忘れてた。
そして、そんな俺が兄貴と再開して真っ先に感じたのは、仲間、自由を奪われる恐怖。その恐怖で頭がいっぱいになった。
「……ゴン、クラピカ、おっちゃん」
仲間……友達。の名前をそれとなく呼んでみる。
今は多分、試しの門で訓練しているんだろうか。
俺が自由になって、仲間と友達を得たことで、もう兄貴だけの俺じゃなくなった。
それが、狂った愛情をさらに増加させる原因になるなんて、思ってもみなかった。
……こうやって、今までの行動を思い返すと、俺って馬鹿だなーって思う。
本来の目的を忘れて、自由という言葉に惑わされた愚か者。
……本心をいうと、こんなことに……兄貴を、イル兄を失うくらいだったら、もっとイル兄に甘えたかった。頼りたかった、もっと色んなことを教えてもらいたかった……もっと…もっと、イル兄って呼びたかった。
「……あ…れ?」
熱い何かが頬を伝う。閉じた目を開くと視界がぼやけていた。
もう、何がなんだからわからない。さっき走って整理したはずの頭がまたゴチャゴチャし始める。
わけがわからなくなって、怖い夢を見て怯えた子供のように自分の体を抱き、小さくなる。
「イ……ル兄っ!!……っイル兄……!」
今、すぐそばにあるはずでない体温に縋る。寒い。さっきまで心地よかったはずの外の空気が寒い。
「寒い……寒いよ…イル兄!」
そうして、俺はその場で一晩中泣き明かした
ん……あった……かい?
「キル」
イ、ル兄ぃ……?
なんだか懐かしい温度に包まれている気がする。気持ちいい。まるでイル兄の腕の中みてー……
自分から擦り寄ってみる。すると頭をなでられた。
あぁ……いつぶりかな、この感じ……
「キル、もうそろそろ起きないと。」
嫌……だ。俺、イル兄と離れたくない……
「ふーん…キルがそう望むなら。俺はずっとここにいるから、安心しなよ。」
あ、ぁ……
……あんな?イル兄が、いない世界にいた。
「へぇ?俺がいない世界、かぁ……」
うん……俺、イル兄がいなくなって嬉しいのかと思ってた。けど、違った……感じたのは、寂しさだけだった。
「寂しがってくれたんだ?」
うん…
「そう、それは嬉しいね。」
…………ね、むい…
「もう少し寝る?」
うん……もう少しだけ。
「お休み、キル。」
ああ、お休み……イル兄……
「…大丈夫、俺が世界のすべてから。俺とキルという存在を消したからね。二人の世界で、ずっといよう。ねぇ?キル。」
……bad end