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日はほとんど沈んだ薄暗闇の中、ペタペタと白く塀の壁を塗る。

紅花と桃園の門で会ってからおよそひと月。自分が任されている仕事が終わってから、紅花の仕事を手伝っている。と言うのも、紅花の仕事量が異常に多い。



桃園をぐるりと囲む塀の壁を1人で全部塗るとか、絶対無理でしょ。



宴に間に合わなかったら一体どうするつもりなのか。

指示を出している仙女達の意図はよく分からない。可馨にそれとなく言ってみたけれど、「明明は気にしなくていいのよ」と返されただけだった。


暗闇でも見えるように暗視の仙術を使い、丁寧に壁を塗っていく。塗りムラなんてあったら、何を言われるか分かったもんじゃない。紅花が怒られてしまう。


このひと月ずーっと柱や壁を塗ってきたので、職人並みの技術を身につけた。と言ったら大袈裟だけど、かなり塗装上手になったと思う。


「ねえ明明」


「はい」


隣で作業をしていた紅花が、意味深な笑いを浮かべて話しかけてきた。


「例の悩みって解消したの?」


「例の悩み?」


「やだぁ。ほら、下の悩みよ」


紅花が私の股間に視線を落とす。


「え……えっと……」


紅花は私が女だと知っている。悩みの主と私が同一人物じゃないことを分かっていての、この質問。

颯懔の事だとは言えないので答えに窮していると、紅花はくすりと笑った。


「その様子だと、まだ解決してないみたいね」


「あは、あははは……」


曖昧に笑ってみたけど、誤魔化せてないよね。


「なんか来たわね」


面倒くさそうに紅花が後ろを振り向いた。何が来たんだろう?

同じように後ろを振り向いて見ると、俊豪が近くまで来ていた。


「やっぱりな。こんな事だろうと思った」


私が手にしている刷毛を見て、俊豪はわざとらしくため息をついた。


「自分の仕事を終わらせてからこっちに来てるんだもん。俊豪に何か言われる筋合いない」


「……ほんと可愛げのない奴だな」

刷毛を奪い取られた。

手伝うなって言われても引き下がるつもりなんてない。手伝うか手伝わないかは、私の自由だ。


「ちょっと! なんにするの……って、何してるの」


私から奪い取った刷毛に塗料を付けると、壁に滑らせはじめた。さー、さー、と刷毛を動かす度に均一に薄く塗られて、見ていると気持ちがいいくらいに綺麗だ。


「可馨様が宴で舞を披露する事になっているんだ。庭園の見栄えが悪くちゃ宴が台無しだ」


ムスッとした顔で答えたのがおかしくて、紅花と顔を合わせてこっそり笑い合った。


素直じゃないなぁ。



「それじゃあ私は、こっちの門の塗装をはがそうかな」

正門の方は塗り終わったけれど、こちらの西門はまだこれから。俊豪に白い塗装に使っている刷毛は取られてしまったので、代わりに西門の塗り替えを進めた方が良い。


正門ほどの豪華さはないけれど、こちらもそれなりに立派な門だ。梯子に登って上から順に塗料をはがしていく。



俊豪も少しずつ、紅花と仲良くなってくれると嬉しいな。

なんて考えながら古い塗装をヘラで削っていたら、視界が一瞬ぐらぁっ、と歪んだ。



うわっ……めまい。



平衡感覚が奪われて、気付いた時には梯子から落ちていく。

こういう時、衝撃を和らげるためにどんな術を使えばいいんだっけ?


何も考えられない。


何か術を使いたくても、精気を縒り合わせられない。


全身の痛みに襲われるかと思ったのに、衝撃は意外な程に小さかった。


「明明! 大丈夫か?!」


誰かが駆け寄ってきた。


聞き慣れた声なのに、今は久しぶりにその声を聞く気がする。


少し低めの、よく通る声。


「し……師匠?」


「驚いた。突然梯子から落ちるとは」


「驚いたのはこっちですよ!」


駆け寄ってきたのは俊豪かと思ったのに。まさかの颯懔の登場に、頭が大混乱している。


身体を起こすと下には蔓や葉が茂っていた。それがシュルシュルと地面へと消えていく。

颯懔が術を使って、衝撃が和らぐようにしてくれていたのだろう。


「なんでここに師匠がいるんですか」


「いや……そのー。偶然通りかかったと言うか」


こんな夜遅い時間に、人様の屋敷で何をしようとしていたんだろう。

しどろもどろに答える颯懔に紅花が笑った。


「ずっとつけてたのよね。明明ちゃんを。私ってば耳がいいから、どんなに気配を消すのが上手な颯懔の足音と呼吸音だって、ちゃーんと聞こえるんだから」


紅花が狐の耳を頭からひょこっと出した。うわぁ、妖艶さが二割増! これはこれでそそられる。


「さっ、最近帰りが遅いから何をしているのかと様子を見に来たんだ。天宇や他の者達も心配していたからな」


だからか。


颯懔の声を聞くのが久しぶりだと思ったのは。蟠桃会の準備を手伝うようになってから、日の出と共に家を出て、帰るのは皆が寝静まった真夜中。

ほとんど会話をするどころか顔も合わせていない状態が続いていた。


「それで……そこにいるのが可馨の弟子か」


「はい。可馨様の弟子で道士の俊豪と申します」


颯懔は紅花の少し後ろにいた俊豪に目を向けた。拱手をして挨拶する俊豪を品定めするかのように見ている。


颯懔にしては珍しい行動だ。

名前を知っているはずなのに言い方も刺々しいし。


「仙術に長けた優秀な道士だと聞いておる」


「天才と言われる颯懔様にその様に言われては、立つ瀬がございません」


「ほう、謙遜するか。うちの弟子が随分と世話になっているようだ。礼を言おう。それで明明、こんな夜更けまで毎日仕事をしていると言うのは……まあ、そういう事か」


チラりと紅花を見ると、ため息混じりに前髪をかきあげた。わざわざ説明なんてしなくても、事情を理解したらしい。


「家の事を何も出来なくて申し訳ありません。でもこちらも急がないと間に合いそうもなくて。早くやらないともうすぐ蟠桃会……うっ、わぁ!」


立ち上がって作業の続きをしようとしたら、まためまいに襲われた。身体に力が入らなくて膝が笑っている。ご飯はちゃんと食べてるのに。


颯懔に抱き止められ、座らされた。


「すみません。ちょっと疲れてきてるみた……んんん!!?」


何かを吹き込むように、唇で唇を塞がれた。


突然の出来事に息をすることも忘れ、瞬きする事も忘れ、なんなら心臓すら止まったかもしれない。



私、突然死する。


死因は接吻で。



ようやく離してもらって、プハッと空気を吸い込んだ。


「ななななにするんですか!!」


「精気を吹き込んだ。知らぬのか。房中術程でなくとも、接吻で多少は精気を交換出来る。まあお主より俺の方が精気の量が遥かに多いから、この場合は交換ではなくほとんど渡しただけだが」


「明明ちゃん、ずっと暗視の術を使っていたでしょ? あれ陽の気を消耗するからすっからかんになっちゃったのよ、きっと。それに加えての過労だもの。倒れるのも無理ないわ」


暗視の術は五臓で言うと「肝」に分類される。「肝」に対応するのは「木」。陽の気を多く消費する術だ。


って、そんな事どうでもいい!!


「だからって、みんなの前でくくく口付けしなくたって……」


「みんなと言っても、紅花とそこの男だけであろう」


何そのニンマリ顔は! ついこの間まで女にビビってたくせに!!


涙目になって睨み付ける私の顔に、颯懔が手をかざした。途端に視界がハッキリとしてよく見える。


颯懔の暗視の術だ。


私が自分でかける時よりもずっとよく見える事からして、術の精度と完成度の高さを見せ付けられた気分になる。


「さて、復活した所でやるか。この門の塗装を剥がせば良いのだな?」


「あら、颯懔も手伝ってくれるの?」


腕まくりをしながらやる気を出している。塗装作業なんて遷人にやらせて良いものかどうか、とは思うけど、手が多いに越したことはない。


「早く弟子を帰してもらわないと俺が困る。練習が一向に捗らんからな」


「練習? なんのぉ?」


「うわあぁぁー! わわわ私の、せっ、仙術の!!」



もうやめてー!


今日の颯懔はおかしい!!


「さっ、早くやりましょう! ね!?」


「そんな物はいらぬ」


篦を渡そうとしたが、受け取らないで柱に手を当てはじめた。

何をする気なのか分からないけど、意識を集中させていることは分かる。


固唾を飲んで見守ること暫し。


柱から塗料の薄っぺらい塊がパラパラと浮き上がり、水と一緒に地面へと流れ落ちた。

綺麗に塗料が引き剥がされた柱は、元の木の色を取り戻している。


「これ……一体どうやったんですか」


「んん? 木と塗料の間に水を発生させて剥がし落とした」


「んなっ……!」



信じられない。


その信じられないことを、あっさりやってのけてしまうのがこの人だ。天才と言われるのも納得できる。


「こんなことなら最初から全部、師匠が塗り替えしてくれれば良かったのに。まさか塗る作業の方も術で出来たりするんですか?」


「塗料の成分と配合割合が分かれば出来なくもないが、そこまでしたら俺がやったってバレる。西王母様がいい顔しないだろうからな」


「じゃあ一緒に塗りましょ!」


紅花に刷毛を手渡された颯懔がペタペタと塗料を塗り始めた。それを俊豪が思い詰めたような顔をしてじっと見ている。


「俊豪? どうしたの。大丈夫?」


「あんたの師匠って……いや、何でもない」


重たい空気を吐き出すと、俊豪も作業へと戻って行った。


この作品はいかがでしたか?

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