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「帰るぞっ!」
明彦に手を捕まれて席を立つ。
音楽が始まって会場が静かになっている。こんなときに出るのは周りの迷惑だ。
「明彦さん、ええんよ。イルカショー楽しみにしてたやろ?」
どんどんと進んで、ついには会場から出そうになり、麗は明彦を止めたが、振り向きもしないで引っ張られていく。
「ショーは今日じゃなくてもまた見れる」
「でも、折角来たんやし。あんな人、どうなろうが別に」
麗と父は、明彦と義父母のような親子関係ではない。
だからそんな風に折角の予定を台無しにして欲しくない。
「そうだな。俺も麗の父親は嫌いだ」
(そう姉さんも、お母様も、社員も皆があいつを嫌ってる、あんな奴、嫌い、大嫌い!)
「ならっ!」
「だが、看取っても看取らなくても麗は気にするだろう? だから、俺が決める。行って、しっかり終わらせろ。恨み言でもぶつけてやればいい。何もしないで後悔だけはするな。後悔するなら行動して後悔しろ」
折角、楽しかったのに、会場はどんどん遠ざかっていき、ついには明彦の車に戻った。
明彦がスマートフォンと連携したカーナビを使って、電話帳で佐橋麗音を表示した。
最初はいつものコール音、その後聞いたこともないコール音に変わった。
しかし、スマホを遠くにおいているのか、姉は電話にでなかった。
するど、明彦が何故か自身の弟、須藤義彦に電話しだした。
「兄貴? こっちが今何時だと思ってるわけ?」
いつも軽薄な義彦の、聞いたこともない不機嫌そうな声がして、麗は驚いた。
「麗音を出せ、今すぐ」
明彦が運転を始め、駐車場から車を出す。
「せっかく寝顔を鑑賞して楽しんでたのに無粋だなぁ」
「ねがお……?」
麗は思わず口を挟んだ。何故義彦が姉と一緒にいるのだ。
(あの姉さんが、私以外に無防備に寝顔を見せてる?)
「兄貴、スピーカーモードなら先に言ってくれなきゃ。困るよ」
義彦が苦笑した。
「……すみません。えっと、申し訳ないんですが、姉さんが近くにいるなら変わってもらえませんか?」
「ちょっと待ってね、麗ちゃん」
保留音。
「えっと……姉さんと義彦さんが付き合っているとか知らんかったわ……」
明彦に、何故教えてくれなかったのか聞こうとするも、保留音が終わる。
「もしもし、麗。どうした?」
姉の声。強くそれでいて深みのあるこの声を聞けば、いつもは安心する筈なのに、今は落ち着かない。
「姉さん。あのね、あの人、危篤だって」
「ついに来たか。日本に帰るのに時間がかかるから通夜と葬式はそっちで適当に終わらせて。社葬は私が帰ってからするから、母さんにもそう伝えて」
「うん。気をつけて帰ってきてね」
「ありがとう。明彦、会社の事だが……」
明彦と姉が今後の経営について話し合いを始め、麗は口を挟めなくなった。
車が病院へと向かい走っていく。
麗はつまらない高速道路が流れていく風景をずっと見続けた。