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「何代か住む人間は変わったと思うが。
お前たちの前の住人なんかは、あの呪いの部屋を開けることなく、引っ越していったようだから。
私も猫も祟り神も眠ったままだったのだろうな」
「私が余計なことをして、封印を解いてしまったわけですね」
とのどかが言うと、
「いやいや、何処かで我々は決着をつけなければならなかったのだ」
と泰親は言った。
「でも、封印が解かれない間は、祟り神もずっと眠っていたんですよね」
「奴は早くから、眠りがちだったよ。
祟ることに疲れていたのだろうかな。
人間が腹を立て続けると精神を消耗するのと同じ感じなのかもしれないな。
そう――。
だから、私があの猫を浄化してやれば、それで終わりだったのかもしれないが」
……なんだかできなくて、と泰親は言う。
「そういえば、あのとき退治できなかったのも。
震えるように私を見上げてきたまん丸な瞳が可愛かったから」
結局、猫好きか。
「でも、その猫は今でも、ご主人様のために、若い男を探し歩いているんですね……」
語り口調はしんみりだったが、のどかの頭の中では、『若い男を探し歩いている』というフレーズのせいで。
昨日、プレオープンで騒いで、例の呪いのイケメン高校生に絡んでいた風子たちが思い浮かんでしまっていた。
猫、ごめん、と風子たちではなく、猫に心の中で謝ったとき、後ろで声がした。
「あの猫は、私を主人が受け取るまで、満足できないのかもしれないなあ」
えっ? と振り返ると、見知らぬおじいさんが立っていた。
そのおじいさんは、この土地の持ち主だと言う。
おじいさんはその木を見上げ、
「子どもの頃から、不思議な夢を見ていたのですよ。
今、貴方たちの話を聞いて、その意味がわかりました。
私はおそらく、その祟り神をフッた人間の息子の生まれ変わり」
いや、フッた当人ではないのですか……と思うのどかの前で老人は泰親が作った猫の塚に向かい、言った。
「私はもう充分生きた。
それで気がすむのなら、連れて行くがいい」
すると、泰親から猫耳が消えた。
彼の横に、愛らしい三毛猫が立っている。
三毛猫は、なー、と鳴いて、おじいさんを見る。
可愛いっ、とのどかは悶絶していた。
今、綾太が居なくてよかった、と思う。
空気も読まずに、この場から猫を連れ去ってしまいそうだからだ。
猫は自分についてくるよう、おじいさんに言う。
そして、桜の木の下に行くと、もう一度鳴いた。
あっ、と青田が声を上げる。
「そうだ。
思い出したっ。
この近くを通っていたら、フラフラとこの木に吸い寄せられて、此処で靴を脱いだんです。
何処の家に上がるみたいに」
どうやら、この木が、あの呪いの部屋につながっているようだった。
なー、と猫は鳴くが、なにも起こらない。
泰親が目を閉じ、なにか唱え始めた。
どうしたのかと思ったら、
「もしかしたら、もう浄化しているか、眠っているのかもしれん。
揺り起こしてみよう」
と言い出す。
「いや、祟り神が眠ってくださったのならいいのでは。
何故、また揺り起こすんですか」
とのどかが言うと、
「猫が可哀想だろうが。
この猫の願いを主人なら叶えてやれ」
と言う。
いや、そもそも猫が主人の願いを叶えようとしたんだったと思いますが……と思ったとき、すうっと木の幹に浮かび上がるように人影のようなものが現れた。
祟り神というから、どんなのかと思っていたのだが。
美しい貴公子のような姿をしていた。
その貴公子は目の前に立つ老人を見て、
「……なんだこれは」
と言う。
猫が、なー、と説明するように鳴き、泰親が、
「お前がフラれた人間の息子だ。
猫がお前に捧げようと連れてきた」
と教えてやったが、老人を一瞥した祟り神は、
「いらん」
と言って、消えてしまう。
なー、と猫が困った感じに木を見上げて鳴いた。
すると、一度消えた祟り神が再び現れ、猫の前に屈むと、その袖で包むようにして、すっと猫を抱く。
猫は祟り神の胸に頭をこすりつけて喜んだ。
「もしかして、ただ、もう一度、抱っこして欲しかっただけだったんですかね……?」
よくやったぞ、と褒めてもらって。
「そうだったのかもな」
と感慨深げに頷いたあとで、泰親は、
「祟り神の方は――
若く美しくなかったから、受け取らなかったんだろうな」
とそこも感慨深げに言った。
「あの、ちょっと気になってたんですけど。
猫が祟り神に若い男を捧げていたのは、生贄として殺すためですか?
それとも、もしかして……」
祟り神がフラれた相手は、女?
……男?
覚えてない泰親ではなく、前世の記憶を持つ老人を振り返ったが、ほほほ、と老人は笑うだけだった。
もしかしたら、この老人は、祟り神が自分を連れて行かないことをわかっていたのかもしれない。
「……ところで、消えてないですね、泰親さん」
「そうだな。
呪いはまだ終わっていないのかな。
祟り神、満足してないし。
それか、私に別の心残りがあるからかもしれないな」
「別の心残り?」
とのどかが見上げると、
「まだお前のカフェがオープンするのを見てないし。
もう一回、貴弘の部屋に行って、ふかふかのベッドの上で飛び跳ねる野望も果たしてないし。
そうだ。
第一、お前たちの結婚式も見ていない!」
と泰親は主張してくる。
……いやいや、結婚式とか。
まだ、離婚するかどうか、お試しで付き合おうって段階なのに、
とのどかは赤くなり、チラと、貴弘を見ようとしたが。
その前に、北村が目に入ってしまっていた。
北村は普通に泰親を見ている。
「北村さん、泰親さんが見えるんですか?」
「え? この神主さんですか?
見えてますよ」
おや? と思い、のどかは泰親の腕に触ってみる。
「なにか普通の感触がしますよ」
さっき泰親が言った言葉が気になっていた。
『私は祟り殺されたのだろうかな?
いや……死んでないな』
のどかは泰親の両腕をつかみ、下手くそなダンスのように不自然な横歩きで、泰親を草原から連れて出る。
泰親が北村に見えていたのは、此処が泰親の神社があった場所であり、呪いの地であったこともあるのかもしれない。
だが、今、のどかの目に、いつもよりクッキリ見え、ハッキリ触れるのは――。
のどかは泰親を呪いの地から連れ出してみた。
彼の足許を見る。
「……足がある」
「足なら最初からあるぞ」
「そうじゃなくて、なんて言うか。
地面に足ついてちゃんと立ってて、その……
もしかして、生きてませんかっ? 泰親さんっ」
おや? という顔を泰親はした。
そうだ。
気になっていたのだ。
泰親には死んだ記憶がないらしいことが。
彼は祟り神と猫を見守り、一緒に彷徨ってはいたが、死んではいなかったのではないだろうか。
猫の幸せそうな顔を見、泰親は安堵した。
そのことにより、自身に課していた使命が終わり、呪いが解けたのではないか――?
「生きてるじゃないですかっ、泰親さんっ」
「ほんとだ、のどかっ。
ちゃんと触れるぞっ」
と泰親がのどかの腕や背をパシパシと触ってくる。
「気安く触るなっ。
俺もまだあんまり触ってないのにっ」
と貴弘がのどかを泰親から引きはがしたとき、ああっ、と泰親が叫んだ。
「ってことは、もう猫になれないじゃないかっ」
と頭を抱える。
「いや、そこですか」
と青田が苦笑いして言っていた。
そして、気がつけば、老人はさっさと帰ろうとしている。
「待ってくださいっ。
あのっ、ありがとうございましたっ」
と叫んだあとで、のどかは言った。
「それと、すみません。
此処の雑草くださいっ。
お礼はしますからっ」
「いや、そこですか……」
「お礼、いりますかね~」
と青田と北村がそろって呟いていた。