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──何か変だ。
太陽が地平から顔を覗かせた頃合いか。
幾ヶ瀬は無論、世間もまだ眠りから覚めないでいるこの時間。
──何なんだ、これは。
プラザ中崎2階、端から2軒目。
シングルベッドに身体を折り曲げるようにして寝ている男は、突如襲った背筋がざわつくような違和感に飛び起きた。
「なに……あっ、あっ、あぁぁっっ!」
唇の端が切れるくらいに大きく口を開けて、迸るのは悲痛な叫びだ。
額から見る間に血の気が失せていくのが分かる。
「おは。幾ヶ瀬」
ベッドに腰をかけて彼を見下ろしているのは、これはもちろん有夏だ。
艶のある甘い声、やわらかな微笑。
彼がこの時間に起きていることは珍しい。
何かある、というのは長い付き合いの幾ヶ瀬には瞬時に分かった。
「ぁい……ぁぃひゃ……あっ、あひゃぁぁっっ」
──あり、ありかぁ……あっ、ありかぁ(訳)。
パカッと口を開けたまま叫ぶものだから涎が垂れる。
そこに涙も混ざった。
「にゃにひてくれ……ばぁぁっっ……」
──何してくれ……ばぁぁっっ……(訳)。
そう。
目覚めるなりこれだ。
口の中に得体の知れない感触。
電流を貯めた金属が歯を掠めたような、ぞわりと総毛立つこの感覚。
そして眼前に有夏。そう、異様なくらいご機嫌な有夏。
「ぶぁああぁぁっっっ……!!」
──ぶぁああぁぁっっっ……(訳)。
もう一度悲鳴をあげてから、幾ヶ瀬は己の口の中に指を突っ込んだ。
「ぺっ!」
弾き飛ばすようにその違和感を吐き出すと、はぁはぁと息をつく。
「な、なにこれ……」
涙と涎で顔中グチャグチャだ。
ベッドの際には幾ヶ瀬の唾にまみれた銀色の球体が転がっている。
「ふふっ」
有夏が笑いを噛み殺す。
「ありか……何なの、これ……」
銀色のそれは、よく見れば皺だらけである。
テラテラと光る不気味な銀──そう、アルミホイルだ。
「ビックリしたろう?」
「あ、ありか……」
アルミホイルをクチャクチャに丸めて、寝ている幾ヶ瀬の口の中にねじ入れたのだ、この男は。
信じられないという、抗議の視線を気にする素振りもない。
本人は悪戯のつもりなのか。
艶っぽい笑顔をみせる有夏の目元は少し腫れていた。
おそらくワクワクで一睡もせずに決行(アルミホイルを口に入れる)の瞬間を待ち構えていたのだろう。
「ありか……。周回遅れのハロウィンじゃないんだからね? イタズラにしたって、限度ってものがあるんだからね……」
「え、なんですか?」
「あり……ふざけっ……いー、いーーーっ」
「イー」の口で何度も息を吸う。
歯と歯の間に新鮮な空気を通して、アルミホイルの不快な歯触りを消し去ろうとしているのだ。
「幾ヶ瀬、アルミホイルと噛むと電流が流れるんだって。知ってた?」
「いや、知らな……」
「なんとか電流っていうらしい。ツバを介して、歯の詰めものとアルミホイルの間で電流が流れるんだって。不快極まりないだろ? グー○ル先生が言ってた」
「ひっ、怖ろしい! 何なの、この子!?」
しれっとした表情でグーグ○先生から得た知識を披露する有夏に、幾ヶ瀬は肩を震わせた。
瞬時に悟ったのだろう。
ああ、これは復讐なのだと。
前々回(←その時間軸は何だ?)明らかになった過去の過ち。
笛をペロペロした件、その他もろもろの件。
つまり、有夏は怒っていたのだ。
「ああ……俺の考えが甘かったんだ。有夏は頭カラッポだと思ってたから。何かあっても、すぐに忘れちゃうと思ってたから」
「なにか?」
「い、いえ。何でも……」
幾ヶ瀬の目尻からこぼれる涙を見やり、有夏はニヤリと口の端を歪めた。
「いやぁ、ヘンタイにはアルミホイルが似合うかと思って」
「な、何の関連が?」
グッと喉を詰まらせる幾ヶ瀬。
瞬間的に脳裏に何パターンかの対応が浮かんだようで。
ごめんなさい、お許しくださいと土下座するパターン。
俺だって有夏に悪戯しちゃうぞ☆と押し倒すパターン。
いくら何でも悪戯が過ぎると説教に持ち込むパターン。
抱きしめて髪を撫で、愛していると何度も囁いてやろうかなんてことも。
「いくせ?」
「………………」
結局、幾ヶ瀬がとった行動は、有夏に背を向けて布団を頭から被ることだった。
「もうちょっと寝かせてください……」
背後で有夏がプウッと頬を膨らませる気配。
「つまんねぇやつだな、幾ヶ瀬」
何日も考え抜いた復讐──いや、渾身のイタズラだったのだろう。
顔だけ布団から出し、幾ヶ瀬は嘆息する。
もう迂闊なことは言うまい。
有夏を刺激したら、何をしでかすか分からない。
アルミホイルって何だ、発想が怖いわ。
復讐だったら怖すぎるし、イタズラだったらセンスがなさすぎる。
「……でも、そんな有夏が好き」
思いが無意識に言葉に出たのだろう。
囁くように呟いた彼の背に、有夏の額がコツンとくっつく。
「あ……か、も」
「えっ、何……?」
向きを変えると、額と額がぶつかる距離で向かい合うこととなる。
有夏の頬は赤い。
「次回はもっとスゴイの考えるから!」
「次回って……」
「イタズラのネタ!」
妙な闘争心を刺激してしまったらしい。
「イタズラのつもりだったんだ。なんてタチの悪い……」
幾ヶ瀬は恋人の腰に腕を回した。
「はいはい、次を楽しみにしてるよ」
「おう」
でも寝起きはやめてねと付け足した言葉を、有夏は聞いちゃいないのだろう。
しばらくして、2人の静かな寝息が聞こえてきた。
休日の朝。ゆっくりと時を刻む。
「そのイタズラは正義か悪か」完
第21話「魔法のアイテム」につづく
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※新しいお話は、例によって来週末に更新です。よかったら見てね※