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朝の光が、ふんわりと部屋に差し込んでいた。鳥のさえずりと、遠くから聞こえる朝の鐘の音が、いつものように町を包む。
一九四五年、初夏の朝。
「おはよう!お母さん!」
笑顔で台所にひょっこりと顔を出すと、温かい匂いが鼻をくすぐる。お味噌汁の匂いかな?
「おはよう、千鶴子。もう朝ごはんできるからね。」
私に気付いたお母さんが、こちらに振り向いて笑顔で言った。私は返事をして、ちゃぶ台に向かった。
ちゃぶ台には既に、お父さんとお姉ちゃんが座っていた。私は二人と挨拶を交わし、ちゃぶ台の前に座った。
『昨夜、東京に空襲がありました。被害状況は調査中です……』
お父さんはラジオを聴いていた。
「いびせーのぉ……。」
そのラジオを聴いて、お姉ちゃんが他人事のように言い、お茶を飲んだ。
きっと、(広島は安全だ。)とか思ってるんだろうな。ま、私も正直そう思ってるけど。
少しして、お母さんがちゃぶ台にご飯を並べた。ごはんに卵焼き、お漬物にお味噌汁。いつも通りだけれど、お腹が空いている私には、どれもキラキラと輝いて見えた。
「「「「いただきます」」」」
四人で声を合わせて言った。
私はすぐにお箸を手に持って、ご飯を食べ始めた。
今日も学校へ行く日。
ご飯を食べ終わると、私は鞄を持ち、玄関に向かった。
「いってきまーす!」
私は元気よく言って、戸を開けた。
友達と笑いながら通る道、見慣れた町並み、行き交う人々──
何気ない毎日が、こんなにもあたたかいことに、私まだ気付いていなかった。
学校の校門をくぐると、クラスメイトたちの笑い声が聞こえる。
「おはよー!」
友達の声に手を振り返すと、自然と笑顔になる。授業中の小さなやりとりや、休み時間のふざけ合い……全部が、私にとって宝物のような瞬間だった。
放課後、帰り道の商店街。
店先に並ぶ野菜やパン、笑顔で挨拶を交わすお店の人たち。
私の足取りは自然と軽く、今日もひだまりの中を歩くような気分だった。
すると、どこからか戦争や空襲の話をする声が聞こえた。商店街の電柱に寄り添って雑談をするおばさんたちだった。
「今朝のラジオ聴いた?また東京に空襲があったってのぉ。」
「聴いた聴いた!げに大変じゃのぉ。」
まただ。今朝のお姉ちゃんみたいに、他人事のように話している。
(広島は、本当に安全なのかな?)
私の心のどこかで、そんな嫌な予感がよぎった。
……ううん、考えちゃダメ。きっと大丈夫。だって今、普通に暮らしてるんだもん!突然に変わったりなんかしない!
持ち前の明るさと、切り替えの早さを活かすべく、私は空を見上げて深呼吸をした。
「晩御飯はなにかな?」
見上げた空は、初夏らしく青く澄んでいた。
私はただ、その青さに心を傾けながら、家路を急いだ──。
「ただいまー!あ〜、お腹空いた!」
私は手を洗って、ちゃぶ台の前にぐて〜んと座った。
すると、お母さんが台所から何かを持ってちゃぶ台に置いた。それはお饅頭だった。
「お饅頭!?」
私はお饅頭を食い入るように見た。
こしあんかな?粒あんかな?想像するだけで、よだれが垂れてきちゃいそう〜……。
そんな私の様子を見てお母さんは、ふふっと微笑んで言った。
「さっき作ったんよ。なんか作りとうなってしもうて。さて、問題です。このお饅頭は、こしあんか粒あん、どっちでしょう?」
私は顎に手を当てて、さらにお饅頭をじっと見た。どっちだろう?
なんだかお饅頭が、「わたしは粒あんよ〜」って言ってる気がする!私の予想は…
「粒あん!」
私は自信満々にお母さんの顔を見た。
これで正解したら、私は天才と言っていいのでは?そんなことを考えながら答えを待った。
「答えは……粒あん!千鶴子、正解!
げに、千鶴子は食べ物に甘いものに目がないのぉ。」
私はえへへ、と頭を掻いた。
そして私はお母さんに差し出されたお饅頭を、そっと手に取る。
「わぁ、あったかい…」
蒸し立てのお饅頭から、ほのかに甘いあんこの香りがふわりと鼻をくすぐる。
一口かじると、もっちりした生地の中に、ほろりとした粒あんが広がった。
舌にのる小豆の甘さが、なんだか安心する味で、町の噂話の不安も、少しだけ遠くに感じられた。
お母さんはにこにこ笑いながら、お茶を注ぐ。
窓から差し込む夕方の光が、蒸気に揺れる粒あんをふんわりと照らす。
「こがいに美味しいお饅頭、早くお姉ちゃんやお父さんにも食べて欲しい……。」
「喜んでもらえてえかった。」
この瞬間、日常の幸せって、こういう小さな時間の中にあるんだなと、私はそっと胸に刻んだ。
その時、お母さんが不安そうに呟いた。
「そういやあ、東京の空襲、心配じゃのぉ……」
先ほど作ったお饅頭を出す手が少し震えている気がした。
私も釣られて、今朝のラジオや、先ほどの商店街でおばさんたちが話していた東京の空襲のことを思い出した。
先ほどまで明るく温かかった居間には、少しの緊張感や不安が漂った。
すると、玄関の戸がガラリと開いた。それと同時に、いつもの声が聞こえた。
「ただいま〜」
お姉ちゃんだ。
私は手に持っていたお饅頭を一旦お皿に戻して、大きい声で言った。
「おかえり!早う居間に来てー!」
「はいは〜い!すぐ行くから!」
廊下でパタパタとお姉ちゃんの急ぐ足音が聞こえた。
いつも通りの音、光景。
そう、どれもいつも通りだ。
だからまだ、広島は大丈夫。
それは自分自身に言い聞かせるようでもあって、どこか祈りでもあった。