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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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アランとの対面を果たしたセシリアは、後宮の庭園にあるガゼボで一人放心状態になっていた。


(推しの幼少期が、思ってたんと違かった……)


遠くを見つめるセシリアの頬を、そよ風が優しく撫でていく。

もちろん、ここにアランはいない。

いきなりの面会に驚くことは想定していたが、怯えられるとは思ってもいなかったから地味にショックだ。

あの後、少しでも警戒を解きたくて「ちょっと顔を見に来ただけですよ~」と笑ってみせたのだけれど、それを聞いたアランの顔がサッと青くなり、目に涙を浮かべ始めた。

これ以上いたらアランを泣かせてしまうと思い、すぐに撤退したのだが。


(あのセリフのどこに泣きたくなるほどの恐怖が?)


分からない。

小説のイメージから、幼少期のアランもクールな性格をしていると思っていた。

もちろんそれはセシリアの勝手な思い込みなので、実際のアランを見てがっかりしたというわけではない。

ただ、想像とあまりにも違い過ぎて、頭の中の処理が追い付かないだけ。

弱々しい子ウサギと、誰もが恐れる百獣の王とでは印象が百八十度違う。

進化の過程が謎すぎる。フローラと出会う二十年の間に、一体何があったというのだろうか。


(そういえば……)


アランがフローラに自分の過去を話すシーンがあった。

フローラの積極的な働きかけでお互いを愛するまでに発展した二人だけれど、アランはフローラに触れることを強く拒んでいた。「自分は穢れているから」と。

そこでフローラは、アランが皇帝になった経緯を知る。


それはアランが十六歳の頃。グランゼフ帝国の植民地にある国が、ギルベルトの圧政に耐え切れずに大規模な反乱を起こした。

王家の血筋として戦地に送り込まれたアランは、その四年後に反乱を制圧。しかし、以前からギルベルトの政治に疑問を抱いていたアランは反旗を翻し、勝利に油断する皇宮へと攻め入った。

父親であるギルベルトと弟のデリック、継母をはじめ皇宮に仕える使用人たちを次々と惨殺。

アランは大量の返り血を浴びた姿で玉座へと座った。

足元に転がる死体を冷たい目で見下ろしながら――。

過去を告白したアランは、悲しそうな目でフローラに告げる。


「純真なフローラを、血塗られた手で穢したくないんだ」


自分には幸せになる権利はない。フローラに愛を求めることなど許されるはずもないのだ――と。


(そう言って、また距離をとろうとするアランを、フローラがぎゅっと抱きしめたのよね)


闇に染まったアランの心がフローラによって光を取り戻す、感動のシーンだった。今、思い出しても泣けてくる。

ついほろりと涙を零してしまったセシリアだったが、ちょっと待てよと眉を顰める。


(ってことは、私ってアランに殺される運命⁉)


それは嫌だ! どうにかして阻止しなければ‼

焦るセシリアだが、解決策が見つからない。

うんうんと唸りながら頭をひねっていると、背後から誰かの視線を感じた。

振り向くと、生垣に隠れていたアランとばっちり目が合う。

声を掛けようとしたのだが、驚いたアランはさっと逃げてしまった。


「行っちゃった……。ねぇ、メイサ。私ってそんなに怖い?」

「ええっと……その……」


後ろに控えていたメイサは、バツが悪そうに視線を彷徨わせている。


「なに? はっきり教えて」


真剣な目で問い詰めると、メイサは困った顔でおずおずと訊ねた。


「……覚えてらっしゃらないのですか?」


その瞬間、転生前のセシリアの記憶が映像として頭に流れ込んでくる。

自分の子どもを次期皇帝にするため、邪魔なアランと弟のデリックに冷たく当たった。

わざとぶつかったり、傷つくようなことを平気で言ったり。

皇帝に擦り寄り、つれない態度をとられた時は、腹いせに遠い後宮からアランを呼び出し罵倒することもあった。

つまり、最低な継母だったのである。


「どうしよう、メイサ! このままじゃ私、アランに恨まれて殺されちゃう!」

「お、落ち着いてください、皇后陛下」


バッドエンドまっしぐらなのに、落ち着いてなどいられない。

狼狽えるメイサの肩をぐらぐらと揺すっていると、少し離れたところから別の侍女の声が聞こえた。


「アラン皇子っていつもビクビクしてるよね」

「愛想もないし。デリック皇子の方が百倍可愛いわ」


……なんだと?

腕をまくって今にも突撃しそうなセシリアを、メイサが慌てて引き止める。


「お待ちください、皇后陛下!」

「止めるな、メイサ! 推しを侮辱した罪は海よりも深いのだ! あの侍女たちにアランの良さを三時間かけてみっちり説明してやる!」

「あの侍女たちだけではありません! アラン皇子は後宮で皆に疎まれているそうなのです!」


それを聞いたセシリアは、驚きの表情でメイサを見つめた。

アランは第一皇子なのに、追いやられた先でも冷遇されているというの?

セシリアが落ち着きを取り戻したことを確認したメイサは、悲しそうに続ける。


「デリック皇子はあんなにも愛されているのに……」


デリックはアランの一つ年下の弟だ。 猫目で中性的な顔立ちをしており、肩まで伸びた金の髪もライラックの美しい瞳も、父親であるギルベルトによく似ている。 グランゼフ帝国では、この髪と瞳の色が皇族として最も重要な意味を持っているらしい。 そのため、ギルベルトの遺伝子を色濃く受け継いだデリックは有力な後継者として皆から期待されている。 性格も理知的で愛想が良く、周囲からの信頼も厚い。
アランを闇と例えるなら、デリックは間違いなく光の存在だろう。
(小説でアランはフローラに『幼少期は寂しかった』って打ち明けていた)
もしかしたらアランは今、寂しいと思っているのかもしれない。
アランと仲良くなれば、殺される未来も回避できる……?


「それだ!」


打開策をひらめいたセシリアは、驚くメイサにキラキラとした瞳を向ける。


「アランを誘って、お茶会をやろう!」

「えっ⁉ 今日は陛下のところへ行かなくてもよろしいのですか?」

「いいの、いいの。それじゃあ私、アランに声を掛けてくるわね!」


お茶会の準備をメイサにお願いし、セシリアは再びアランの部屋へと向かった。

セシリアの呼び出しにビビりまくるアランをなんとか説得し、ガゼボへと連れてくるまでは成功したのだが。


(めちゃくちゃ怯えている……)


真っ青な顔で俯き、ブルブルと小刻みに震えている。


(散々いじめてきたんだもん。私のことを恐いと思うのは当然だよね……)


セシリアの胸がずきんと痛む。

継母になってすぐに転生できていれば、アランを傷つけずに済んだのに――。

悔やんだところで、時は戻せない。人格は違っても、アランの心を深く傷つけたことは事実だ。

登場人物の中にセシリアの子どもはいなかったし、ただアランに恨まれて殺されるだけの人生なんて絶対に嫌だ。

なにより、こんな小さな子が寂しがっているのだから、側にいてあげたい。


「アラン皇子」

「は、はい!」


呼ばれてびくっと肩を震わせるアランを、セシリアは真っすぐに見つめる。


「今まで……ひどいことをしてごめんなさい」


頭を下げられたアランは目を丸くする。

戸惑うのも無理はなかった。

セシリアに謝られたことなど一度もなかったのだから。


「すぐに許してもらえるとは思っていません。私のこと……信じられないと思いますし。どうやったら信じてもらえるのか、私自身もまだよく分からないけど、でも……」


ひとつだけ、はっきりしていることがある。


「アラン皇子と、仲良くなりたいんです」


セシリアの願いに合わせるように、大きな風が庭園をざぁっと駆け抜けていく。

思いがけない言葉に目を丸くするアランと、胸の内を正直に明かしたセシリア。

見つめ合う二人の間を、風に乗ったバラの花びらが踊るように舞っていた。



アランとのお茶会を終え、セシリアは皇宮へと続く道を歩いていた。

セシリアの切実な想いを、アランがどう受け止めたかは分からない。

けれど、アランが戦争に行くまで時間はたっぷりある。


(ゆっくりでいいから、仲良くなりたいな)


僅かな希望を胸に抱いて歩くセシリアだったが、皇宮の庭園が見えてきたところで、ぴたりと足を止めた。

別居中のギルベルトに、ばったり遭遇してしまったのだ。

遠目からでもはっきりと分かる、太陽の光を集めたような金色の髪。鋭いライラックの瞳は、間違いなくセシリアの方を向いている。

その後ろには彼の秘書官とデリックもいて、二人はセシリアに気付くなり恭しく頭を下げた。

なんというタイミングの悪さ。もう少しゆっくり歩いてくればよかったと後悔した。


「……後宮で何をしていた?」


冷たい声で問い詰められる。

別居中とはいえ、久しぶりに会った妻に「元気だったか?」の一言もないのか、この男は。


「例えアランでも皇家の血を引くものを殺してはならない」


決めつけるような言い方に、それまで黙っていたセシリアもカッとなって言い返す。


「あなたと一緒にしないでください!」


セシリアがギルベルトに声を荒げたのは、これが初めてのことだった。

ギルベルトだけでなく、その場にいた二人も驚きを隠せない。

殺してはならないですって?

反乱を鎮めるために、アランを戦地へと送り込むくせに。王家の血筋だからと体裁を繕っても、後宮で放置され続けたアランには死刑宣告と同じだったに違いない。

悔しさと怒りで溢れそうになる涙をぐっと堪え、セシリアは凛とした態度で言い放つ。


「私のことはいないように扱ってくれて結構」


それだけを言って、ふいっと顔を背けて去っていく。

その背中を、ギルベルトは少し戸惑った顔で見つめていた。

転生継母は可愛い推しを守りたい

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