テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
落ち着かない気持ちを抱えた翌日の昼休み。約束の時間より少し早く、生徒会室近くの廊下に立っていた。窓から差し込む光が床を白く照らし、その反射が妙に冷たく見える。
(蓮……まだ来てない)
ポケットの中のスマホがやけに重い。氷室からは「加藤と話すのは昼休みの中頃でいい」とだけ事前にメッセージが着ていた。
つまりそれまでは、俺一人で加藤くんと向き合う時間があるということになる。
(大丈夫、きっと……)
自分に言い聞かせても、胸の奥のざわつきは消えない。昨日「無理しないで」とひと言もメッセージに打ち込めなかった後悔が、まだ喉の奥に刺さったままだった。
遠くから軽い足音が近づく。やがて加藤くんが姿を見せ、笑顔で手を上げた。
「奏先輩、お待たせしました」
「……ううん、俺も今来たところ」
笑顔を作るけれど、頬の筋肉がぎこちない。加藤くんの視線がまっすぐ俺を射抜く。返す視線の奥で、氷室の姿を探すがまだ来ない。
加藤くんが学校生活の近況を軽く話しはじめた頃、廊下の奥から落ち着いた足音が近づいてきた。聞き慣れたそのリズムに、心臓が一瞬強く跳ねる。
「……蓮」
振り返ると、無機質な表情の氷室がこちらに歩いてくる。けれど、瞳の奥に硬い決意のような光がちらりと走った気がした。
「悪いな、加藤」
蓮は俺の横に立ち、視線を加藤くんへ向ける。
「少し時間をもらう。奏に話があるんだ」
加藤くんは驚いたように瞬きし、やがて小さく頷く。氷室は視線を逸らさず、俺を見る。
「……奏、俺は君といると、いつも以上に不安定になる。だからしばらく距離を置くことにしたい。君は俺に遠慮せず、加藤と仲良くしてくれ」
一瞬、意味が胸まで落ちてこなかった。昨日メッセージで読んだのと同じ言葉。でも直接聞くと、衝撃は何倍にも膨らむ。
「き、距離を置くって……本気で言ってるの?」
自分でもわかるほど、声がか細く震えた。
「本気だ。君が近くにいるだけで、俺は普段どおりでいられなくなる。最近では悪い噂まで流れている。生徒会長として、それは放っておけない」
冷ややかな響き。けれど、ほんの一瞬だけ視線が揺れたように見えた。それが俺の気のせいか、本当なのか、確かめる前に加藤くんが口を開く。
「じゃあ、これからは遠慮なく、奏先輩と話せますね」
その笑みに込められた喜びが、嫌に鮮明に耳に届く。氷室の作戦だと頭ではわかっていても、胸に広がるのは虚しさと心細さだった。
「奏先輩、じゃあ、また図書室でお話しましょう」
「……うん」
情けないほど曖昧な返事をした自分の声が、やけに軽く響く。
氷室は視線を加藤くんに流したあと、短く俺を見た。
「奏、じゃあな」
俺から逃げるように背を向ける、氷室の足音が遠ざかる。加藤くんが少し身を乗り出しながら、声を潜めた。
「氷室先輩と、なにかあったんですか?」
「えっ……いや、別に」
説得力のない声で否定すると、加藤くんは安心したように笑った。
「ならよかったです。俺、氷室先輩に気を遣わずに、奏先輩ともっとたくさん話したかったので」
昼休みの喧騒が遠くで霞む。残された俺と加藤くん、そして背後に遠ざかる氷室。それぞれが違う温度を持ったまま、同じ廊下に立っているのに、まるで別々の世界にいるみたいだった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!