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◻︎晶馬が浮気?
久しぶりに家族揃っての外食ということで、焼肉になった。
「「「かんぱーい」」」
「なんの?」
「ま、いいから。家族みんな元気で焼肉に集まるなんて、なかなかないんだよ、これも乾杯に値する!」
「お母さん、なんか今日テンション高くない?」
「いや、いつもだろ」
家族もそれ以外の人も、元気でいられるということがこんなにもうれしいと思えるのは、きっと里子の話を聞いたからだろう。
「とにかく、たくさん食べて、ほら!」
私はいつものように、焼き役に徹する。
昔から焼肉は最後に自分のペースで好きなものを食べるのが、私流。
とにかく家族に好きなだけ食べさせるために、とことん焼く。
焼けたものから、みんなの皿にあげていく。
「ご飯、大盛りおかわり!」
「さすが男の子は違うなぁ。俺はビール」
「ビールと焼肉なんて、またそのお腹に無駄肉がつくよ」
ワイワイと食べていき、そろそろお箸がゆっくりになった頃、遥那が何か言いたそうにもぞもぞしだした。
「あ、あの、さ。みんなに話があるんだけど…」
「なぁに?改まって」
「姉貴、もしかしてとうとう結婚とか?」
「え?そうなの?」
「うん、そろそろちゃんと籍を入れたいと彼と話してるの。どう思う?」
「「いいんじゃない?」」
夫と私で、答えが被った。
「さすが、仲良し夫婦だなぁ、一字も違わず同じ答えなんて」
からかうような、聖。
「まぁ、もともと結婚を前提としての同棲だし。遥那と晶馬君がそう決めたのなら、いいと思うよ。で、式はどうするの?」
「どうしようかな?家族と友達だけにしようかと話してるんだけど。あまりそこにお金をかけたくないんだよね」
結婚式にこだわらないところは、今どきの女の子だ。
「そのへんは、あちらのご両親とも話して、あとは二人で決めなさい。主役は二人なんだから」
「ありがとう、そうする」
ホッとした顔の遥那。
「そうか…遥那、結婚してしまうのか…」
ビールを飲みながら、しんみりとしているのは夫だ。
「やっぱり、あれ?娘が嫁に行くのはさびしい?」
「そりゃ寂しいよ。まぁ、でもいつかはそうなるんだろうし。ならないとそれはそれで不安だし。複雑だなあ父親は。そういう美和ちゃんはどうなのさ」
「んー、寂しいけど。うれしいかな?どっちかというと。大人になったんだなあと実感するし。会えなくなるわけじゃないしね」
_____そうか…結婚するのか
ホントはとても寂しい気がしたけど、そんなことを言ってしまうと優しい遥那のことだから、心配する。
だから親として少しばかり、意地を張ってみせた。
寂しがってなんかないと見せたくて、私はいつもよりたくさん食べた。
そんな結婚報告の焼肉から少し経った日の夜のこと。
夜遅くに私のスマホが鳴った。
珍しい時間の、遥那からだった。
「もしもし?こんな時間…」
『あのね!結婚やめる!同棲もやめて、家に帰る、いいでしょ?!』
「は?え?」
いきなりのことにわけがわからない。
『もう帰ってきたから!』
玄関ドアが開いて、スーツケースを持った遥那が立っていた。
「とりあえず、入って。なにがあったの?」
うわーんと泣きながら、抱きついてきた。
私はわけがわからないまま、遥那を抱きしめていた。
遥那は、ひとしきり玄関先で泣いた。
母より少し背が高くなった娘の背中をさする。
中学生の頃、部活のテニスで負けて悔し泣きした時以来かな?と思い出す。
基本的に、悔し泣き以外は見たことがない娘の涙に、親としてどうするべきか?しばし考える。
「…ひっく、も、もう、晶馬なん、か、知らない!あ、あんな、人…だっ、たなんて」
嗚咽に混じって何かを言おうとしている遥那。
「わかった、ゆっくり話を聞くから、そうだね、まず、お風呂に入っておいで。よくあったまって、顔も洗って、ね、準備するから待ってなさい」
遥那をリビングに上げて、私はお風呂にお湯はりをする。
足音がして、もう寝ていたらしい夫と聖が起きてきた。
「何かあったの?」
「うん、姉ちゃんの声がしたから俺も目が覚めた」
遥那は、ソファで俯いている。
____ここで男性陣に入って来られると、ややこしくなるかも?
「ちょっとね、私が話聞くから二人は寝ていいよ。二人とも明日も早いんでしょ?何かあったら起こすから」
「そうか、じゃあ、寝るから」
二人はまた寝室へ戻って行った。
「遥那のお気に入りの入浴剤入れといた、アワアワのいい匂いのやつ。はいこれ、ふかふかバスタオルもね」
「…ん、ありがと」
トボトボと浴室へ向かう遥那。
晶馬との間に一体なにがあったのだろう。
私のスマホが鳴って、晶馬からの着信を知らせた。
「もしもし?」
『あ、僕です、晶馬です。あの遥那、そっちに帰ってませんか?』
「来てるわよ、大泣きしてる」
『あの、すみません、誤解なんです、説明する間も無く飛び出してしまって』
「そうかな?ちゃんとスーツケース持ってきてるけど?」
『えっ!』
「とにかく、今晩はこちらに泊めるからご心配なく。私もまだ何も話を聞いてないの」
『誤解ですから、そこだけはわかってください!』
「なんのことかわからないけど。たとえ誤解だとしても、事実なんかより私は娘の味方をすると思うからね」
『ちゃんと話をしたいと伝えてください、それだけは』
「わかった、一応伝えておきます。じゃ」
そこで私は電話を切った。
晶馬はまだ何か言いたそうだったけど、私の大事な遥那をあんなに泣かせるなんて、それだけで許せないと思う。
二人の間で起きたことは、なんとなく想像ができるけど話を聞かないとなんとも言えない。
ガチャリとドアが開いて、遥那が入ってきた。
もう泣いてはいなくて、ホッとする。
「どう?気分は落ち着いた?」
「うん、なんていうかホッとした。入浴剤もだけどさ、バスタオルの柔軟剤の匂いとかが懐かしくて。変なの」
「何か、飲む?」
「んーと、あったかいココアある?」
「あるよ、牛乳もあるから待ってて」
キッチンに立ち、丁寧にココアを作る。
遥那はリビングで女性週刊誌を広げていた。
「こんな話、私には関係ないと思ってたんだけどなぁ…」
遥那が見ていたのは、夫の浮気に悩む主婦の相談コーナーだった。