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魔物の近くに逃げ遅れた子供がいるのを見つけた私は、考えるよりも先に行動していた。
「間に合って!」
後ろからルークの叫び声が聞こえたけれども、私はそのまま止まらず怯えた表情で震える獣人の子供の元に向かった。
「もう大丈夫だから!」
私は強引に建物の陰でうずくまり震える獣人の子供を抱き上げる。子供は大声で泣き叫ぶと、私の胸にしがみついてきた。
すると、背後から獰猛な咆哮が轟いた。
振り返ると大きな影が私に覆いかぶさるように襲い掛かって来た。狂ったように雄叫びを上げる魔物が迫っているのが見えた。
「この子供は私が守って見せる!」
聖女の魔法に攻撃魔法が含まれていないことが残念でならなかった。聖女に許されたのは癒しと護りの力だけ。
ならば、やれることを全力でやるだけよ!
私は片手で子供を抱きしめながらもう片方の手に神聖魔力を込める。
魔力が充填したのを感じると、私は叫んでいた。
「聖女結界!」
柑子色の障壁が私達を包む。その直後に魔物の鋭い爪が襲い掛かった。
魔物の爪は結界に阻まれ私には届かなかった。でも、微かに結界に亀裂が走っているのが見えた。亀裂はたちまち全体に伝染し、ミシミシと悲鳴を立て始めた。
「私もまだまだ未熟ね。力を制御しきれていないようだわ」
本来の聖女の力を発揮できていれば、聖女結界の魔法は竜のブレスすら防ぎきると言われている。
真の聖女になる為には精進あるのみね。でも、その前にこの危機を乗り越えなければならない! 私はどうなってもいい。けど、この怯えた子供だけは家族の元に帰してあげたいと強く願った。
すると、聖女結界が光り出す。神聖魔力が漲り、亀裂はたちまち修復され結界は更なる輝きを放った。
結界の光を浴びた魔物が突如として苦しみ始める。
ルークの魔法すら通用しない魔物が聖女に目覚めたての私の神聖魔力に怯えているようだった。
もしかしたら……⁉
私の脳裏を一抹の希望が駆け巡る。
次の瞬間、魔物が横に吹き飛んだ。
見ると怒りの形相のルークが魔物に横から強烈な蹴りの一撃を加えた姿が飛び込んで来た。
「オレのミアから離れろ、魔物め!」
ルークは鋭い眼光を魔物に放ちながら吠えるように怒声を張り上げた。初めて見るルークの姿に私はギクリとさせる。
「ミア!」
ルークは私に振り返ると焦燥に塗れた声を張り上げた。
「無茶なことをしてごめんなさい、ルーク! でも、私、どうしてもこの子を助けたくって……」
「無事で良かった……!」
すると、ルークは怒声ではなく安堵の声を洩らしながら私を抱きしめた。彼の手が微かに震えているのが分かった。
子供を抱いた私をルークが抱きしめているこの構図を見られたら、きっと誰もが仰天することでしょう。
「ミア、お前の気持ちが少しは分かったような気がするよ」
ルークは深く嘆息すると、静かに話しかけて来た。
「頼むから二度と危ない真似は止してくれ。心臓が止まると思ったぞ」
ルークの額から一筋の汗が流れ落ちる。眉はしかめているが瞳は悲し気で、唇は微かに震えている。顔が蒼白しているように見えるのは気のせいではない。
もしかして、ルークは怒っているんじゃなくってただ私を心配してくれたの? 魔王なのに、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
その時、頭の中がフラッシュバックし、目の前に泣きじゃくる獣人の男の子の姿が現れる。
一瞬、男の子とルークの姿が重なる。
以前にも見たこの記憶は何? 私は戸惑いのあまり言葉を詰まらせた。頭の奥に鈍痛を覚え、何か大切なことを思い出しそうになる。
すると、別の方角から禍々しい気配が現れるのが分かった。
前の左から別の魔物が現れた。右側からも先程ルークが蹴り飛ばした魔物がこちらに近づいている姿が見えた。
「ミア、気をつけろ。どうやら囲まれたようだぞ」
「私のせいでルークまで危険な目にあわせちゃってごめんなさい」
「何を謝っているんだ? ミアは何も悪くはない。悪いのは、こやつらを滅ぼせぬ弱いオレの方だ」
ルークは獣耳を逆立てると忌々し気に歯噛みした。
「弱いから誰も救えない……! 魔王として不甲斐ない限りだ」
魔物に対する怒りよりも不甲斐ない自分への怒りが勝っているようだった。
「そんなことはないわ。だって、今も私を助けてくれたじゃない。ルークがいなかったら、私、とっくに死んでいたよ?」
私は子供を抱きながらルークの背中に寄り添う。
「だから、自分を責めないで」
私はそう言うと、再びルークの名を呼んだ。
ルークは何だ? と答え私に振り向く。
「この子をお願い」
私はルークに子供を預けると、二人の前に出る。
「ミア、何をするつもりだ?」
子供を抱きながらルークが私に問いかけて来る。
「一つ試したいことがあるの。多分……いえ、きっと皆を助けることが出来るはずよ」
私の国に、瘴気を纏った獣人の魔物は見たことがない。でも、同じように人間の姿に化けた魔物は何度も見たことがあった。
実体の無いレイスや魔物に対して有効な魔法があるが、それは並みの冒険者や神官には扱うことは出来ない。高位の神官のみが使うことが可能な神聖魔法。
私は皆を救いたいという願いを神聖魔力に変換し、両手を合わせて女神様に祈りを捧げた。
「光輝く聖なる乙女よ、女神の加護に守られし者よ、闇を照らし、光を纏え。
聖なる光の煌めきが盃に満たされし時、不浄を祓う清らかな風が大地をそよぐ。
闇の奈落に囚われし不浄なる者よ、我が魂に宿る浄化の力を解き放ち、光の世界へと導かん。
漆黒の闇の糸を断ち切り、深淵に漂う魔の影を祓いたまえ。
ホーリー・ブレス!」
願いを神聖魔力に込めた祈りの魔法。それが浄化の息吹。聖なる魔力が荒れ狂う風となり、魔物に襲い掛かった。
聖なる息吹に切り裂かれた魔物達は断末魔の叫びを上げると、そのままバラバラになって消滅した。
消滅した魔物が復活する気配はなかった。
聖女には瘴気を浄化する力がある。この夜の国に存在する魔物にも効果があるかは分からなかったが、先程、私の神聖魔力に魔物が怯えたような姿を見てそれは確信に変わった。
もう禍々しい気配は消えていた。どうやら村を襲った全ての魔物を討伐することに成功したみたいだ。
「ルーク、もう大丈夫。魔物は消え去ったわ」
私がルークに振り返りそう言うと、何故か彼は狼狽しているように両目を見開いていた。わなわなと身体を震わせ、驚きに固まっているように見えた。
あれ? 魔物を滅ぼしたから、てっきり喜んでくれると思ったのだけれども、もしかして、私、何かやっちゃいました?
「ミア……お前は自分が何をしたか理解しているのか?」
「あ、あの、何かまずいことでもしちゃった?」
「その逆だ! よくやってくれた! ミアこそ夜の国の救世主だ!」
ルークは歓喜に打ち震えた声を張り上げると、潤んだ双眸を私に向け感情を露わにした。
「オレ達は初めて魔物を滅ぼすという快挙を成し遂げたのだ! ミア、お前はオレ達の希望だ!」
ルークは一言「ありがとう」と呟くと、静かに片手で私を抱きしめた。
すると、ルークが抱いていた子供が「お母さん!」と叫ぶと、ルークの腕から離れ飛び出していった。
見ると、大勢の獣人達が駆けつける姿が見えた。
その時、一陣の風が吹き抜けると、上空から一筋の光が差した。
風は私の頭を覆っていたローブを剥ぎ取り、白銀の髪が露わになる。
上空から差した一筋の光は偶然にも私を照らした。
「何故、ここに女神の聖女がいるのだ⁉」
村長の驚きに満ちた叫びが木霊した。