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**********


「お嬢さんはセックス依存症です」


そう医師が告げたときのあの男の顔は、一生忘れることができない。


失望し、嫌悪し、憎悪し―――。

今にも殺されるかと思うような殺意の迸る顔。


ーーーそれが実の娘にする顔か……!


尚子は無表情にその顔を見つめ返しながら、そのときすでに今夜はどうやって家を抜け出そうか思索を巡らせていた。




母は、尚子が小学3年生のときに病気で亡くなった。


遺された父と尚子は、東北の片田舎から、父の実家がある東京に引っ越した。


同じ9歳なのに、東京の子供たちは冷たかった。

自分ではそんなつもりはなかったが、尚子の言葉が変だと、からかい、尚子が傷ついた顔をすると、今度は田舎臭いと無視をするようになった。


中学に入り、学校には行けなくなった尚子を父は叱った。


「なぜ学校に行かないんだ。今こんなところで挫けてちゃ、社会に出てからもっともっと苦しいことなんていっぱいあるんだぞ!」


「え、マジで?じゃあ死のっかな」


笑った尚子の頬を張った父は、その場で泣き崩れた。


「……なんで殴るの。痛い」


尚子も泣いた。



だって地獄じゃん。

今が地獄なのに。

社会に出たらこれ以上の地獄が待ってんの?


それから尚子は無理やり学校に行かされた。

父が校門まで送り、校門では担任が待っていた。


担任は昇降口まで尚子に付き添い、靴を履き替えるのを見届けると、お役御免というようにため息をつきながら職員室に戻っていった。


尚子は教室には向かわずに、真っ直ぐに保健室に行き、ベッドで寝ていた。



ある日―――。


尚子がいつものように保健室で寝ていると、顔も知らない男子の先輩が入ってきた。


1人ではない。

3人だ。


彼らは、尚子がいつも保健室を利用しているのを知っていて、養護教員がいない時間を見計らって入ってきた。



尚子は永遠とも思える15分間の間に、3人に良いように犯され、貞操を奪われた。



しかしそれから、彼らの体温が忘れられなくなった。


熱い息遣い。

舌の温かさ。

抱きしめられる圧迫の心地よさ。

重ねた身体の心臓の鼓動。


身体に強制的に刻まれた感覚が、尚子を狂わせていった。



彼らが卒業するまでの1年半、尚子は自ら3人に犯され続けた。


そして淫行がバレずに無事彼らが卒業した後は、放課後、自分で相手を探しながら駅前をぶらつくようになった。


高校2年のとき。


3回目の妊娠で行った産婦人科の医師が、「今度は親と一緒じゃないと堕胎手術はさせられない」と偽装した同意書を突っぱね、保険証から父親の会社に電話を掛けた。


すこぶる殴られた。

泣きながら。


このまま殺されるんだと思った。


―――あそっか。そうかも。


尚子は目を開けた。


自分の上では仙田が予想どおり、乱暴に下手くそに腰を打ち付けている。



―――自分は今度こそ殺されたのかもしれない。


眼帯をしながら夜中に帰ってきた娘に、ブチ切れた父親に。



『誰にやられた!!』



父親の怒号を思い出す。



『こんな汚い身体をして!!』



太股当てられた熱湯のシャワーを思い出す。



そうか。


きっとあのまま―――



私は殺されたんだ。



**********


「……あ……イク……」


自分の腰を尚子に打ち付けながら、仙田が呻く。


「いい?中に出して、いい……?」


尚子は仙田のたくましい首に回していた腕に力を込めた。


「………うん…!」


どうせ。


どうせ、3度目の堕胎手術が身体に祟って妊娠しないとは、言わないで置いた。


◆◆◆◆◆



「ーーー今夜あたり、あなたはここに来ると思っていましたよ。花崎さん?」


にやりと口の端を引き上げたアリスを、花崎は鼻で笑った。


「それにしては随分、無防備なんだな」


アリスも彼の身体の下でフフフと笑った。


「ええ。私はあなたをこの部屋から追い出すことくらいたやすくできますし、何なら四肢をもぎ取って達磨状態にすることなんて、ものの数秒で出来ますから」


「へえ?あんたにそんな権限あるのか?」

花崎は片眉を上げた。


「死神でもないくせに」


「……………」

アリスは彼を見つめ返した。


「どうして僕が死神じゃないと思うんですか?」


「―――これだよ……」


花崎はアリスのパジャマの襟元を両手で掴んだ。

そして一気に左右に開いた。


バチバチッ バチッ


ホックが外れ、アリスの白い鎖骨と肋骨が露になる。


「入院用のパジャマ。しかも急な心臓マッサージや電気ショックができるようにホック式の重度患者用だ」


「―――――」

アリスは花崎を睨んだ。


「それにお前からたまに漂う消毒用アルコールの匂い。……死神に電気ショックや、消毒は必要ないだろ」

花崎もアリスを睨み返した。


「本当のことを言えよ。ここはどこで、お前の目的は何だ……?」


「―――――」


アリスはしばらくだまって花崎を睨んでいたが、ふっと鼻で笑った。


その瞬間、花崎はベッドから降り直立していて、衣服の乱れを直したアリスが正面に立っていた。

「50点」

アリスの低い声が部屋に響く。


「は?」

「あなたの予想は半分当たりで半分外れです。おっしゃる通り、僕は死神ではありません。ですがあなたたちと同じ参加者でもありません。僕はここの案内人です」


「―――じゃあ俺を……俺たちを、無条件で生き返らせろ……!」


叫んだ花崎の唇を、アリスは瞬時に伸ばして結んだ。


「んんんん!!!!」


「おっしゃる通りあなた方を拘束したり、ゲームに参加させないという権限はありません。僕にできるのは、ゲームを円滑に行う上で、必要最低限のことだけです」


花崎はアリスを睨んだ。


「だから僕に脅迫をしたり、攻撃をしたって無駄ですよ。生き返りたいなら自力で生き返ってください」


「――――!」


花崎は睨みながらアリスの脇を通過し、部屋を出て行こうとした。


「しかし解せないな……」


その背中にアリスが言う。


「生き返らせろと言いながら、どうしてあなた、ゲームで勝とうとしたんです?」


「…………!」

花崎は驚いて振り返った。


「ジョーカーのことを僕に質問したのは、あなたの作戦の一つですよね?あの質問をすることによって、1枚は自分が持っていると公言しているようなものだ。あなたに対しての『ダウト』は言いにくくなる。だからあなたが優勝したんでしょう?」


アリスは笑いながら一歩、花崎に近づいた。

指を翳すと花崎の唇は元に戻った。


「……なぜ勝とうとしたんですか?あなたの生命エネルギーがこの中では一番強い。ダントツに。死にたくないと誰よりも思っているのは、あなたなんじゃないですか?」


「――――」

花崎はその質問には答えず、部屋を出て行った。


アリスは再び静まり返った619号室の中で、耳を澄ました。




彼女の部屋から喘ぎ声が聞こえてくる。


「―――やっぱり、我慢できなかったか」


アリスは闇の中でため息をついた。


◆◆◆◆◆


仙田のセックスは単調で退屈だったが、それでも耐久性だけは大したもので、尚子は性欲の全てをぶつけても尚、まだ余力を残している彼に感心した。


セックスで情が沸きやすいのは、女よりも男だと思う。


これは尚子が今まで100人を超える男たちと相手をしてきての結論だが、仙田もこれに漏れず、最後の方には尚子の小さな頭を包む手や交わる唇には、欲望以外の情的な何かがにじみ出るようになった。


天井を見ながら二人で並んで寝転んだ時には、どちらからともなく腕枕をしていた。


「―――時間感覚はないけど、もうすぐかな?」


尚子は小さな声で言った。


「戻った方がいい?」


聞くと仙田はちらりと視線をこちらに向けてきた。


「いいんじゃね、別に気を使わなくても。個室でのセックスはいいってあのガキも言ってたんだし」


「――――」


尚子は目を細めた。

自分はあのアリスって死神より、真っ直ぐにこちらを見下ろして心配してくれた花崎の反応の方が気になるが……。


でもそれもどうでも良くなった。


「しっかし。君はこんなに若いのにエロエロちゃんですね。おっさん、ここまでハッスルするのは久しぶりだったなー」


仙田が頬杖しながら、尚子の鼻をチョンと触る。


「ーーー“死んでも治らない”」


呟いた言葉に仙田が真顔に戻る。


「お父さんに言われたの。”お前のそのふしだらな身体は、死んでも治らない”って」


「――――ふしだらって……自分の娘に……?」


「…………」


応えない尚子に、仙田が気まずそうに頭を掻く。

「あの、もしかして、あれ系?両親が厳しすぎてハメ外しちゃった系?」


「お母さんは死んだの。小さいときに」


「―――あらら」


「それから、お父さんは変わった」


尚子は両手で目を覆った。


「お父さんは、私のことなんか、愛してないんだと思う……」


「―――んなのわかんないだろ。母親がいないんだったら、お前の代わりに死んでくれたの、父親じゃねえの?」


「違う。きっとお祖母ちゃん。お父さんのお母さん。いつも私のこと可愛がってくれてたし、私がお父さんに殴られるたびに泣いてたから」


仙田はその両手で抑えきれずに、顔の左右に流れ落ちる涙を拭った。


「生き返りたくないなあ……」

こぼした言葉に、仙田は優しく笑った。


「勿体ねえな。そんなに若いのに?」


「だって。生き返ったとしても私のセックス依存症は治らないし」


「――――」


「お父さんは私を殴り続ける」


「―――なあ。気になってたんだけど」

仙田は尚子の眼帯にそっと触れた。


「もしかして、これも父親がやったの?」


「――――」


尚子が答えずに言うと、仙田はその小さな顔を胸に抱きしめた。



「生き返りたくねえんだな?」


「――――うん」


「それで、後悔しないんだな……?」


「―――うん」


「わかった……」


仙田はこくんと唾液を飲み込んだ。



「お前が勝ち残れるよう、俺がサポートしてやるよ」


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