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ぱくちーですん🌿
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第5話:裏切りの調律
昨夜の雨を含んだ空気が、重く肌にまとわりつく。凪は校門をくぐりながら、どこか落ち着かない気持ちでいた。
「……おはよ、凪。顔色悪いぜ?」
後ろから声をかけられ、振り返るとそこにはいつものように笑う優弥が立っていた。
「あ、ああ。……優弥こそ、大丈夫か? 寝不足じゃないか?」
凪は無意識に優弥の足元に視線を落とした。
だが、そこに揺らめく影は、凪の目には至って普通のものに見えた。昨日、一緒に帰った時もそうだ。
メアリは険しい顔で優弥を見ていたが、凪には親友のどこに異常があるのか、全く分からなかった。
(メアリは『腐敗してる』なんて言ってたけど……。いつもの優弥じゃないか)
だが、優弥が隣に並んだ瞬間、凪は鼻の奥を突くような、無機質な薬品のような匂いを感じた。
「俺? 全然。むしろ、今は頭が冴え渡ってる感じなんだ」
優弥の笑顔は、凪の知るいつもの優弥のものだ。 けれど、その瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、感情の通わないガラス玉のような冷たさを、凪は見てしまった気がした。
「なあ凪……俺、わかったんだ。親父、俺に隠し事をしてる。……ずっと俺を騙してたんだ」
優弥の口調は穏やかだったが、その声のトーンはどこか、凪の知る彼のものではないような、妙に平坦な響きを持っていた。凪は、優弥が誰に何を吹き込まれたのかも知らないまま、親友の背後に潜む「見えない何か」に、言い知れぬ不安を覚えた。
放課後。人気のない旧校舎の裏手で、メアリ・モンローは凪を待ち構えていた。
「……分かっているはずよ。もう時間がない」
メアリの声は、冬の夜風のように冷ややかだった。
「今の彼は、内側から食い潰されている。影を引きずり出すには、寄生主の感情を爆発させるしかない。……凪、彼が一番触れられたくない『彼自身の弱さ』を徹底的に突き詰めなさい」
「……っ、そんなことできるわけないだろ! 俺には、あいつの影なんて普通に見えるんだ。あいつはただ、父親のことで悩んでるだけで……!」
「あなたの目は欺けても、私の感覚は騙せない」
メアリは一歩踏み出し、凪の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「昨日の帰り道から、彼の気配は腐敗し続けている。あの『幼体』は、あなたの目を欺くことで、成体へと進化する時間を稼いでいるのよ。……成体になれば、彼は完全に影に支配され、二度と『人』には戻れない」
「……!」
「その時は救出ではなく、私の鎌で彼ごと消滅させることになる。……それが、あなたの望む結末なの?」
凪の呼吸が荒くなる。夕日に染まった大鎌の刃が、現実の光を吸い込むように、残酷なほど美しく輝いていた。
「彼が親友のあなたに裏切られたと思えば、影の力が増幅する代わりに表層に顔を出す可能性が高いわ。その一瞬だけ、私が影を切り離す。……急ぎなさい。彼が教室で待っている。最後の猶予よ」
メアリの言葉を背に、凪は重い足取りで教室へと向かう。
廊下の窓から差し込む夕日は、まるで全てを焼き尽くす炎のように赤かった。