テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
生徒会室は、放課後でも図書室みたいに静かで、外の喧騒がまるでガラス越しの別世界のことのように、どこか遠くに感じる。
机の上に置かれているのは、俺が会長職に就いてから高等部に設置した目安箱。生徒からの意見や要望を聞くために、備えつけたものだった。俺はそれを鍵で開けて、書記の一年小野瀬と一緒に中身を一枚ずつ確認していた。
「氷室先輩、ちょっといいですか?でも、う~ん……」
小野瀬がなにか言いかけて、言葉を飲み込む。
「どうした?」
「……先輩のこと、最近ちょっと……悪い噂が流れてるみたいで」
“悪い噂”という言葉で、指が止まる。
「悪い噂?」
「誰かを威圧してる、とか……後輩をいじめてる、とか……。ほかにも色々ありますけど、私は信じてません!」
必死に言葉を繋ぐ後輩の姿に、口元だけ笑って見せる。だが胸の奥には、ひやりと冷たいものが広がった。
(初めてじゃない。中学の頃にも、似たような話はあった。でも、人の口から改めて聞くと……思った以上に、くる)
無言で目安箱から封筒や紙を取り出していくと、指先に異質な硬さが触れた。取り出してみれば、定規で引いたようにきっちりと並んだ黒い文字。
『氷室死ね』
短い。それだけで充分だった。視界が一瞬、狭まる。手の中の紙が微かに震えた。
(俺は誰かに狙われてる。理由は――なんだ)
脳裏に、ここ最近の光景が次々と浮かぶ。
廊下ですれ違うときの、不自然な視線。
背中を追いかけてくるような気配。
噂が広まるタイミングの妙な一致。
そして――奏に近づく一年の加藤。
点と点が、一本の線で結ばれていく。偶然じゃない。これは仕組まれている。
「手伝ってくれて悪い、今日はここまででいい。ありがとう」
小野瀬に告げて、生徒会室を出る。廊下の冷気が頭の熱を少しだけ奪ってくれた。
ポケットからスマホを取り出し、迷いなく奏の名前をタップする。そしてメッセージ欄に、伝えたい言葉を短く打ち込む。
『悪い、急ぎで話がしたい。それから――』
今さっき組み立てた推測を、時系列でまとめる。最後に、加藤と会う場に俺も立ち会いたいことを加えて送信ボタンを押す。
胸の奥に、まだ重たい石が残っている。
(……もう、逃げるつもりはない)