「ほんっと! さいあく!」
いつになったら、この罠は終わるんだろう?
ガコンと鳴ったあの大きな音は、一度目は扉に鍵が掛かったらしい。もしくは閂《かんぬき》が。
二度目に連続で鳴った音は、地面に穴が空く音だった。
「ふざけないでよ! ほんっとに!」
犬モドキが出てきたのは、地面の穴からだった。
最初は一匹ずつ。
次は二匹ずつだった。
その次は三匹ずつかと思ったら、四匹だった。
逃げるしかない。そう思って扉に走った。そこで鍵が掛けられたのだと分かった。
魔法で焼いても、サイコキネシスでぶん殴っても、押しても引いてもスライドさせようとしても、何をしても開かなかった。びくともしない。
――やばい。
何回おかわりすれば、この罠は終わる?
だけどもし、エンドレスだったら?
死ぬまで、いたぶるように、弄《もてあそ》ぶように、絶望を重ねるための罠だったら?
「嫌。いやだ」
まだ、さして体力を消耗せずに、サイコキネシスで戦えている。
でも、手斧と鉈は、もう刃が欠けてきている。
「ブロックだ。ブロックの瓦礫も使わないと」
適度な大きさと重さを、瞬時に選ばないといけない。重すぎれば、動かせなくて詰みかねない。
人の頭くらいのブロックは――浮いた。使える。
魔物に挟まれないように、そして、もしも扉が開いた時に、すぐ出られるように。扉の前で魔物との距離を維持している。維持出来ている。
「八匹ずつも、終わった」
ブロックでも犬モドキを潰せる。だけど、二回ほどぶつけたら割れてしまった。
もっと数が必要だ。
「移動しながらじゃないと、戦いきれないか」
挟まれないように、片方の穴に近づきつつ手ごろなブロックを探した。
その時だった。また、ガコンガコンと、大きな音が鳴った。
「……うそでしょ?」
扉の前に、穴が空いた。
ということは、きっと部屋の奥の方も。
十字方向から、攻めて来る気だ。
距離だけを考えたら真ん中に行くのがいいけど、後ろを取られてしまう。
なら、角に行くしかない。
背中を預けられて、攻めてくる方向を九十度角だけに絞れる。
「そうだ。浮けばもう少し距離を取れるんだ」
自分を浮かしながら、戦い続けられるかは不安だけど。
そうこう考えていたら、扉の前の穴から、犬モドキの数倍は大きな魔物が出て来た。
人型の、だけど明らかに人間ではない大きさのそれは、頭がオオカミのように見える。
「犬モドキの次は、狼男ってわけ?」
それは一体だったけど、犬モドキも最初の穴から湧いてくる。
「やっぱり、十数体居る。さっきは八だったから……十六ってわけね」
となると、狼男も倍数で増えてくるのか。
それより、犬モドキの数に競り負けそうだけど。
「グルルルロアァァァ!」
雄叫びは、狼男だった。
と、その声が終わると同時くらいに、一瞬で目の前にまで踏み込まれた。いや、正確には浮いている私の前にだから、跳躍してきた――。
それを本能が予感していたのか、自分でも不思議なくらい完璧に、身を躱して避けていた。そしてそのまま、ブロックと手斧をいくつかずつ、狼男の頭と脇腹にヒットさせている。
しかも、迫っていた犬モドキの群れに対して、魔法を放っていた。
何も唱えずに、火炎の壁を噴き上がらせて犬モドキどもを焼き払っている。勝手に飛び込んできていたのもあるけれど、見事なまでに一群を全て焼いた。
「私、やれば出来る――」
そう言いかけた口元に、何かの風圧を感じた。
ずっと向こうに湧いていたであろう、もう一匹の狼男だった。
その長く鋭い爪で、私の顔を抉《えぐ》り取る寸前のこと。角に身を戻そうとして、ふと少し、下がったそのタイミングで空を切ったらしい。
ヒッ。という悲鳴を上げつつも、それを吸気に変えて手斧とブロックを浴びせた。
首を横にカチ割って、なんとか倒した。
「まだだ。もう十六匹」
狼男に比べれば、犬モドキはまだ遅かった。視界に確認した瞬間に、また火炎を噴き上げる。
心なしか、魔法の威力が上がっているような。
一瞬で焼き殺せる火力は、持っていなかったはずだから。
「フゥ……ハァ……」
緊張と恐怖と、その他もろもろで心臓はバクバクと鳴り響いている。
それさえ忘れるくらい、集中していたけれど。
「きっつい……。ゲームみたいに、レベルアップとかしてくれないとさぁ……」
鼓動の数だけ、体力が削れている気がする。
極限の戦闘で、脳も疲弊してしまった。
だけど気を抜いたら、一気に押されてしまう。
何しろ、次は三十を超える群れが二つと、あの早すぎる狼男が二匹ずつの計算だから。
「早く終わってよぉ……」
弱音くらい、吐かないとやっていられない。
でもまだ、まだ戦える。
「――あっ。だめだ。近くにブロックが無い」
手持ちはもう全部割れてしまって、威力を出せる大きさではなくなっていた。
手斧と鉈も、限界だ。
――どうしよう。
でも、どう考えても移動しなくては、継戦できない。
壁際には、良い瓦礫が見当たらない。
否応なしに、真ん中に近付かざるを得ない。
そしてまた、おかわりが出て来た。
魔法中心で戦うしかない。
「……いや、そうだ。魔物を掴んで盾にくらいなら、出来るんじゃない?」
それに、頭はそれなりに硬いはずだ。
ただ、狼男は力負けしそうな気がする。
捕まえるなら犬モドキだ。果たして、一度に何匹動かせるか――。
でも、犬モドキに近寄る前に、狼男が一瞬で攻めてきた。
「くっ!」
ありったけの魔力で、火炎を噴き上げる。
犬モドキみたいに焼けてくれと祈りながら。
そして、炎を突き破って来ないのを確認すると、もう側まで迫っていた群れを持ち上げた。
「ウゥッ。全部は、無理」
半数ほどを捕まえて、物のように残りにぶつけてかかる。
やってることは、蛮族みたいな戦い方だ。
「アハハハハ。お姉ちゃん、おもしろいことしてるねぇ」
「――ユカ?」
どこから現れても不思議ではないけれど、ここ一番でジョーカーを引いてしまったらしい。
部屋の真ん中辺りから、私に近寄ってくる。
……向こうから来たのだから、私が引き当てたわけじゃないけど。
「あっ、オオカミちゃんが来てるよ~」
しまった。ユカに気を取られて――。
視認していないままで、ユカが指差した右側の、どこから攻撃されるのかが分からない。
まだサイコキネシスで持ったままの犬モドキたちを、がむしゃらに振り回しながらその場から身を躱す。
運よく一匹を防ぎ、もう一匹からの攻撃も、空を切らせた。
目の端に捉えたそれを、もう一度犬モドキたちで殴り潰す。最初に防いだ狼男も、息の根を止めたかの確認がてらに犬モドキを当てた。
「わ~。すごいすごい。お姉ちゃん、頑張るねぇ」
――うるさい。集中が乱れる。
もう一群が、すでに私に飛び掛かりかけていた。
「ファイアウォール!」
やっぱり、名前だけでも唱えた方が、安定して出せる気がする。
さっきよりもさらに、火炎の勢いが強いように思う。
「ねぇねぇお姉ちゃん。それ、上じゃなくて横にうてばいいのに。そしたら、いっぱい広がるよ?」
「……言われてみれば……そうかもしれない」
もっと早く言ってくれたら、火炎を出している時間を短く出来たかもしれないのに。
魔力が、もう残り少ないのを感じる。
撃てて、あと三回くらい。
それ以上は魔力切れを起こして、意識が飛んでしまう。
――もう、出て来ないで。もう終わりにして。
だけど、無常にも狼男は四匹ずつ、犬モドキはもう、分からないくらい出て来た。
「もう、やだ……」
「お姉ちゃん、がんばれ、がんばれ~」
「手伝ってよ!」
「え、どうして? せっかくお姉ちゃんが、絶望して死にそうなのに」
「はぁ?」
――いや、そうだった。この子は……。
「だって、お姉ちゃんはわタしの、ゴハンになるって約束したでしょう?」
「……ほんと、最悪の中の最悪」
言っている間に狼男が、ほとんど同時に飛び掛かってきた。目の端に捉えた四匹が前方左右からと、なんとなくこれまでの感覚で後ろに来たのが分かる。これはたぶん、殺気というやつだ。
ピリピリとした鋭い何かが、狙われている部分にチクリと刺さる。
「最後まで、諦めたりしないから!」
ユカに煽られたせいで、怒りが込み上がっていた。
泣きたくて苦しくて、ほんとは絶望しかけていたけど。
「火炎放射ぁぁ!」
体を翻してその場から逃げつつ、火炎の壁を真横に放った。そしてそのまま、サイコキネシスで周囲を薙ぎ払うように回転をかけた。
私の周囲はもう、炎の海となって燃え盛っている。
そして、殺気が消えているのを確認して、それを犬モドキの群れの方にも放った。
最後の最後まで、魔力を振り絞って。
「ハハ……。もう、限界……」
もういい。
ここまで一人で戦えるなんて、思ってもみなかった。
覚醒しただけ、あったかもしれない。
「お姉ちゃん。きゅうけいするの?」
ほとんど飛びかけている意識をなんとか保って、私は落下しないように地面に降りた。
あとは、これで罠が終わらないなら、おしまいだ。
私はもう、ここで死ぬ。
でも、やり切った。かなりの数の魔物を、こんなにも、一気に倒せたんだから。
「もう、いいの」
「えー? ここ、全部倒さないと出られないよ?」
「へぇぇ……。でも、もう無理だし」
「死んじゃうの?」
間近に寄ってきたユカは、倒れ込んだ私を覗き込んでいるらしい。
顔が近い。
霞んだ目でも、その息づかいが頬に当たって、すぐ側に顔を寄せているのが分かる。
「じゃあ、わタしのゴハンにしてもいいよね」
「できる……ものなら、ね」
「あれ……? 絶望してない。怨念も弱いし、これじゃあゴハンにならない」
……とうぜん、でしょ。
やり切ったんだから。
「もう、しょうがないなぁ……。シロ。お姉ちゃんを囲んで、護って」
ユカがそう言うと、あの白い龍が地面から現れた。
その長い体で私を囲んで、ドーナツのように輪になって、面白くなさそうな冷たい目で私を見下ろしている。そういう気配を感じた。
――それより、手伝ってよ。
私は霞んだ目で、龍を睨み返してやった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!