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「好きだよ、まさこさん」
春風が吹く。
その言葉だけが、やけに耳に残った。
「……勇斗さん、それ」
まさこは困ったように笑う。
「急すぎません?」
「勢いだったかも」
「勢いなんだ」
「でも本当」
勇斗は鉢植えを抱えたまま、まっすぐ言った。
「初めて会った時から、ずっと気になってる」
まさこは視線を逸らす。
こういう言葉に慣れていない。
いや。
正確には、まさことして向けられる好意に、まだ慣れていなかった。
「……ありがとうございます」
「返事、丁寧」
「大人なので」
「絶対はぐらかしてる」
「ふふ」
勇斗はじーっと見る。
「逃げるのうまいよね」
「花屋ですから」
「それ万能だと思ってる?」
「結構使えます」
二人で笑いながら歩く。
住宅街の道端には、小さな白い花が咲いていた。
「まさこさんってさ」
「はい?」
「休みの日何してるの?」
「急に普通の質問」
「好きな人のこと知りたいじゃん」
「まだ言う」
「いっぱい言うよ」
「……恥ずかしい人」
勇斗は楽しそうに笑う。
まさこは少しだけ頬を隠すように髪を触った。
「休みの日は……映画観たり」
「へぇ」
「あと服見たり」
「似合いそう」
「本当ですか?」
「うん。絶対センスいい」
「勇斗さんは?」
「俺?」
「休みの日」
「寝る」
「終わってる」
「あとゲーム」
「子ども」
「でも最近は花屋来てる」
「週三で」
「もう常連だから」
勇斗は得意げに言った。
その顔がちょっと犬みたいで、まさこはまた笑ってしまう。
配達先へ鉢植えを届け終わる頃には、空が少しオレンジ色になっていた。
「ありがとうございました〜」
「いえいえ」
家を出ると、勇斗が大きく伸びをする。
「達成感ある」
「ほぼ勇斗さんが運んでくれましたしね」
「じゃあご褒美欲しい」
「何ですか」
「ご飯」
「結局そこ」
「ダメ?」
まさこは少し悩むふりをした。
「……仕事終わりなら」
「え、ほんと!?」
「声大きい」
「やった」
嬉しそう。
本当に分かりやすい人だ。
その時。
ぶるる、とスマホが震えた。
まさこは画面を見る。
表示された名前に、一瞬だけ表情が変わる。
勇斗はそれを見逃さなかった。
「仕事?」
「……ちょっと」
まさこは少し離れて電話に出る。
「もしもし」
勇斗はなんとなく空を見上げながら待つ。
でも。
聞こえる声が、少しだけ気になった。
『仁人、今日帰るの遅い?』
女の人の声。
そして。
「んー、もうちょっとかかるかも」
まさこがそう答えた。
――仁人?
勇斗が瞬きをする。
(今……)
「分かった、気をつけてね〜」
「はーい」
電話が切れる。
まさこはいつもの笑顔で戻ってきた。
「すみません」
「……今」
「はい?」
「仁人って」
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
まさこの表情が止まった。
でもすぐ、ふわりと笑う。
「あー」
軽い声。
「昔のあだ名です」
「へぇ?」
「親戚みんな、昔の呼び方するんですよ」
「そうなんだ」
「変ですよね」
「いや、可愛い」
「またそういうこと言う」
まさこは笑った。
けれど。
勇斗は少しだけ引っかかっていた。
仁人。
その名前。
なんだか不思議なくらい、似合う気がしたから。
「……まさこさん」
「はい?」
「秘密多いよね」
そう言うと、まさこは少し目を丸くしたあと。
「そう見えます?」
「うん」
「ふふ」
夕陽の中で、まさこは優しく笑った。
「でも、勇斗さん」
「ん?」
「秘密って、ちょっとあるくらいが楽しいんですよ」
その笑顔が綺麗すぎて。
勇斗は、それ以上聞けなかった。
𝓉ℴ 𝒷ℯ 𝒸ℴ𝓃𝓉𝒾𝓃𝓊ℯ𝒹