テラーノベル
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その場の全員が驚きの声を発し、改めて画面をのぞき込んだ。確かに、市長の発言に数秒遅れで、その内容が英語の字幕で画面の下に映し出されていた。皆が茫然として見守る中、画面の中の市長が語気を強めて訴え始めた。
「これを見ている世界中のマスコミのみなさんにお願いします。どうか南宗田の、この窮状を一刻も早く一人でも多くの人たちに伝えて下さい。くり返しますが、現在南宗田は生活、いえ、生存に最低限必要な物資にすら事欠いており……」
残りの部分はもう誰の耳にも入らなかった。動画の再生が終わると、山倉が地の底から響くような低い声でつぶやいた。
「これは、外国に助けを求めているのか? だったらもう、ここは……」
あわてて院長が割って入った。
「まあまあ。ここはいい方に取りましょう。桜田さん、四つか五つ前に新聞社のサイトがありましたね。それをもう一度見せて下さい」
桜田がマウスを操り、ある全国紙のニュースサイトを表示する。院長が「それです」と言って、画面の一点を指差す。桜田が画面を切り替えると、大きく「トモダチ作戦」という見出しがあり、巨大な空母を含む多数の軍艦が映った写真が載っていた。
「まだ希望はある。そう思いましょう」
院長の言葉に児玉が真っ青な顔色ながらも応えた。
「米軍ですか? 米軍が助けに来てくれると?」
「アメリカだけじゃない。これだけの大災害だ。世界中から救援隊が日本に来ているはずです。このインターネットの、市長の呼びかけが届いていれば、どこかの国の救援隊が来てくれる可能性はあります。いや、きっと来てくれます」
その後の方針を決めるため、院長は少し時間が欲しいと言った。そして三十分後に医師、看護師全員が再び院長室に集合するよう指示し、一人で部屋に残った。
希望を与えられ、奪われ、また何とかして取り戻そうとする、その翻弄するような事の展開について行けず、亮介は亡霊のようなふらふらした足取りで、一階の非常出口から外へ出た。少しでも外の空気を吸いたかった。
ドアを開けると、漁港のゴミ捨て場のような、潮の匂いが混じった強烈な悪臭が鼻をついた。海側の津波の直撃を受けた辺りから、放置された瓦礫や堆積物の臭いが流れてきているらしかった。
その場所には先客がいた。児玉がコンクリートの上にあぐらをかいて座り込み、胸のポケットからくしゃくしゃになった煙草の箱を取り出した。指で箱の中をかき回し、少し平べったくつぶれた煙草を取り出し、口にくわえ、百円ライターで火をつけた。そこで亮介に気づいて自嘲気味な口調で言った。
「とうとう最後の一本だ。また患者さんから、医者の不養生ってからかわれるだろうけど、そのうち禁煙の誓いの回数の自己記録更新だな」
亮介はなんと答えていいのか分からず、無言でコンクリートの壁に背中をあずけた。もう日が落ちて、あたりは真っ暗になっていた。
その暗さに、亮介は強烈な違和感を覚えた。小さな地方都市なので、もともと夜はそれほど明るい所ではなかったが、見渡す限り墨で塗りつぶしたような暗闇になっていた。住宅や街灯の光がまったくと言っていいほど見えない。
病院の窓から洩れる灯りが異様にまぶしく見えた。人の営みを示す光が消え去ったのと引き換えに、見た事もないほど星の光がくっきりと頭上に広がっているのが、皮肉に思えた。
煙草の煙を深々と吸い込み、吐き出した児玉が不意に言った。
「この街自体が、トリアージされちまったような気がするな」
「え?」
思わず顔を向けた亮介の方を振り返りもせず、児玉は煙を吸いながら独り言のように続けた。
「この南宗田市そのものが、黒にトリアージされて見放されちまったんじゃないか。そんな風に思えてきちまった」
児玉が最後の一本の煙草をフィルターが焦げそうになるまで名残惜しそうに吸い終わった時、宮田が二人を呼びに来た。
「先生たち、院長室に集まって下さい」
全員が院長室に入ると、院長はドアに鍵をかけ、机に戻って立ったまま苦しそうな顔で告げた。
「あと三十六時間、がんばってみる事にしましょう。もし三十六時間経っても救援が来なかったら、みなさんは歩いてでも安全な所へ避難して下さい」
山倉が眉をしかめながら訊いた。
「三十六時間という、その数字の根拠は何です?」
「それは私から説明しましょう」
事務長が横から言った。
「当病院の自家発電機の燃料は、最大限節約してもあと三十六時間しかもちません」
医師、看護師全員がどよめきの声を上げた。院長があくまで冷静な声で言った。
「電力供給が途絶えたら、もういかなる医療処置も不可能になります。最悪の場合は、みなさんは、桜田さんを連れて、避難して下さい」
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