日記も中盤を迎えた。相変わらず知性を感じさせる筆致にも、忍び寄る戦乱が影を落としだしたように思えた。彼は無論単身で大陸に渡っており、日本に残してきた家族への想いや日本が大国の戦略に飲み込まれる不安、そういったものが文面に現れだしている。一度筆を止める。ふぅと一息ついて外を見る。既に深夜となった町にはほとんど灯りがなく、行き交う車の音もしない。まるで死を受け入れる心構えが出来ているようだ。窓を開け室内の灯りを消すと、自分自身も町と同化したように掠れていく錯覚に思わず酔いしれ、薄い月明かりを受け漆黒の闇となった小高い山からは、何か得体の知れない人外の存在すら感じる。なるほど、自分と死との距離は思ったほど遠くはないのだな。ならば、今こそ向き合ってみよう。何度も逃げ、何度も追いたてられた死に対する衝動と。きっとこの日記の持ち主も、この写真もそれを望んでいるに違いない。何の確証も無いが、とにかくそう思えた。
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