でも、そんな笑顔でさえ仮面じゃないものを向けられるとキュンとしてしまうから、本当〝好き〟って気持ちは厄介だなって思う。
「こっちのには黒胡椒がまぶしてあります。こっちのはパセリ。で、これがプレーンです」
宗親さんからの説明を聞きながら、恐る恐るプレーンのにチョンチョンと触れてみたら全然熱くなくて。ホッとした私は直径五センチくらいのカリカリチーズ煎餅をひとつつまみ上げた。
私が許可を求めるみたいに宗親さんを見つめたからかな。
「遠慮なく召し上がれ」
彼がニコッと微笑んでゴーサインを出してくださる。
「いただきます」
一息にパクッと全部口に入れたら、口中いっぱいにコクのあるチーズの旨味が広がって、生唾がジュワーッと込み上げた。
「美味しいっ」
思わず口元が笑みの形に緩んだ私に、「ビールもどうぞ」と、宗親さんがよく冷えた琥珀色の液体を勧めてくださる。
何この至れり尽くせり♥
私は元カレには尽くすばかりで、こんな風に甘やかされた経験がない。
だから慣れなくてやたら照れてしまうけれど、同時にすっごく幸せだなぁって思って。
Red Roofでほたるに告げられた康平の不穏な話が一瞬頭を掠めたけれど、私はそれを頭から追い出した。
「一応何かあってからじゃ遅いし、婚約者さんにも相談しといた方がいいよ」ってほたるには言われたけれど、今更そんなことを言って、思いのほかヤキモチ妬きな宗親さんに杞憂の種を蒔くのは、はばかられてしまったから。
――きっと大丈夫。
そう思い込もうとして。
「有難うございます」
口の中のチーズの塩気が消えないうちに、不安と一緒にビールを喉に流し込んだら本当美味しくて。
康平のことも綺麗に喉の奥に飲み込めた。
「まるでお店に来ているみたいですっ」
黒胡椒バージョンにも手を伸ばしながら素直な感想を漏らしたら「明智に色々教わりましたから」って……わー、それってもしかして。
「……私のためですか?」
――なんて自惚れてみたくなるではないですかっ。
「当然です。僕はキミをなるべくMisokaに行かせたくないので……」
久々に、家で宗親さんの腹黒スマイルを見た気がします。
職場では基本鬼上司なのでドS腹黒スマイル率が高めの宗親さんだけど、家ではあの告白以来ずっと甘々モード全開で。
基本的には心からの笑顔を私に向けてくださるばかりだったから。
含みを感じさせる笑みを浮かべて私をじっと見つめてきた宗親さんに、ドクンッと心臓が跳ね上がった。
Misokaに行かせたくないと言われるのは困るけれど、ただ「行くな」じゃなくて「行かなくてもいい」ように努力してくださっているところにキュンとしてしまった。
「宗親さん……」
ここは怒るところなのかも知れないのに、もっともっと私を独り占めして欲しいなんて思ってしまう私はおかしいのかな。
宗親さんは手にしていたグラスをローテーブルに戻すと、私が持ったままのグラスも取り上げて。
好みのどストライクなお顔が間近に近付いてきて、「キスしていい?」と聞かれた私は、コクッと頷きながら目をギュッとつぶった。
後頭部にそっと手を添えられて、ふわりと押し当てられた宗親さんの唇がいつもより冷たくて思わず身体を引きそうになる。
それを許さないみたいに後頭部を押さえられて、口付けを深くされた。
「んっ、……ふぁっ」
ビールを飲んでいらしたからかな。
いつもよりほろ苦い宗親さんの舌に翻弄されて、私の脳みそは甘く甘く蕩かされていく。
(ほたるのこと、相談しなきゃ……)
頭の奥でそんなことを思うのに、いつの間にか目の前の宗親さんのことしか考えられなくなっていた。
「宗、親さっ、私……もう」
唇が離れると同時、トロンとした目で宗親さんを見上げたら、彼が私の身体をふわりと横抱きに抱え上げて。
「明智と、お友達のことは後から話しましょう」
私を見下ろした宗親さんが、〝男の人〟の顔をしてそう言った。
***
「私、先にMisokaに行ってますね?」
週末。
宗親さんが「ほたるさんも交えてMisokaに飲みに行きましょう」と提案して下さって。
私は二つ返事でオーケーをして、ほたるに打診した。
当初の予定では宗親さんとふたりで先にMisokaに行って、お店でほたると合流!のはずだったのだけれど。
さあそろそろ退社という頃になって、宗親さんが社長室に呼ばれてしまった。
Misokaは十八時から営業していて、お酒やおつまみの他に明智さん手作りの軽食が食べられたりする。
特にパスタが絶品なのだと宗親さんに教えて頂いた私は、朝からすっかりパスタのお口。
ほたると合流する前に、軽くお腹に何かを入れながら明智さんを焚き付ける計画だったので、ほたるとの待ち合わせより一時間早く行く予定にしていて。
明智さんには「開店直後に伺います」とカウンター席を三つ確保して頂いていた。
「明智なら少々待たせても構わないと思うんですがね」
私が一人でMisokaに行くことになるのが気に入らないらしく、宗親さんがとんでもない事をおっしゃる。
「お友達だからって邪険に扱っちゃダメです!」
社長室に向かう宗親さんと並んで歩きながら。
退社準備をすっかり整えた私はそのまま一旦帰宅予定。
廊下に自分達以外に人影がないのを良い事に、エレベーター待ちをする宗親さんに向けて、私はぷぅっと頬を膨らませて見せた。
「春凪、その可愛い顔は反則です」
途端宗親さんがはぁ〜っと大きく溜め息をついて、私から視線を逸らす。
「僕もなるべく早く切り上げますので、春凪は出来るだけのんびり支度してMisokaへ向かって下さい」
サラリと「こら!」と叱りたくなるような言葉を私に投げて、宗親さんがエレベーターの中に吸い込まれていく。
私は一人その場に取り残されて……。
「階段で降りよ……」
何だか会社では基本鬼上司の宗親さんが、垣間見せた甘えん坊な所がツボに入って、じわじわと顔がにやけてくるのを止められなくて困ってしまった。
(宗親さん、可愛いのはそっちですよぅ)
そんなことを面と向かって言ったら、どんな仕返しが待っているか分からないから、絶対に本人には内緒。
***
宗親さんにはゆっくり準備するように言われたけれど、やっぱり約束しておいて連絡もなしに人を待たせるのは良くない。
Misokaの店の電話番号を知らないわけじゃなかったけれど、間に合いそうなら掛ける必要もないよね、と思っていそいそと家を出る。
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