「文化祭楽しみ〜!」
最近そう言う浮かれたセリフをよく聞くが、僕にはそんな暇はない。
「どうしたの?」
なぜなら
「一緒帰ろ!」
「う、うん」
今日も彼女と帰るからだ!
「えぇー?今日もそんなやつと帰るのぉー?」
「…」
そして、今日もまた川口さんが誘ってくる
「私とお話ししなーい?あ、お、いくん」
「あ、遠慮しときます大丈夫なんで」
「ちぇーっ!」
何回目だろう。この会話をするのは。
そして慣れない。慣れるわけがない。てか慣れてたまるか。
「い、行こう…」
「うん」
そして僕は彼女と急いで教室から出た。
「リア充かよお前らーw」
「どこまでいったのー?w」
ひやかしもいつものことだ。しかし慣れない。
「ね、葵くん…?」
「はっはい!」
ついでかい声で返事をしてしまった。
恥ずい。
これでは「卒業生起立!」の号令のとき、一緒に立ってしまった在校生と同じ心境にある。
「行こう?」
「う、うん…」
僕らは早足で校舎をでた。
すると紫音は顔を赤くして
「少し寒くなってきたね」
と言った。こう言う顔は僕だけが見れる。最高だ。普段、彼女は相変わらずツンとした表情だ。川口たちからの嫌がらせにもなかなか動じない。羨ましい鋼メンタル…いやしかし寒いな
「うん…」
彼女は鼻も若干赤くなっていた。僕もなんだか赤くなってる気がする。だって顔が熱いんだ…いや、顔だけではない。
体全体が熱いのだ…いや寒い…?
その瞬間、僕の意識は途絶えた。
「……い」
桃の香りがする…これは…?
「…あ…い!」
「葵!」
「!」
目を覚ますと、自分の部屋の天井が見えた。
その横には不機嫌そうな母の顔があった。
桃の匂いは母の香水の匂いだったのか…母の年齢は今年で50になる。ちょっと年齢的に桃の香水はどうなのだろうか…?そう苦悩していると、母は早口で話し出した。
「あんた、下校中に倒れて、女の子がおぶってここまでつれてきてくれたのよ!?もうお母さんどれだけ情けなかったことか…」
「え」
僕は脳をフル回転して考えた。
おぶる…オブル…?
え、ちょっとまって!?
おぶる…それは両者の体を密着し合い、体温を感じ合い、位置によっちゃあおぶる側の耳にフーフーできる、あの行為か…!??やばくね?え、僕倒れたのどの辺りだ…?はっ!校舎を出てから記憶がない…と言うことは、ここから学校まで約20分。20分間ほど僕は彼女におぶられていたということになる…!!道中には住宅街や公園、小学校、コンビニがある。この時間帯は帰宅時間だから多くのサラリーマン、小学生、老人等が出回っている。帰宅路の人口密度は極めて高い!最低でも10人以上に僕がおぶられていた現場を見られていたとみてもいい。どうする…?どうする葵!今まで目立たず影として生きてきた努力が全て水の泡に!「え!あれっていつも負のオーラだしてる奴じゃね?おぶってもらってやんのw」って絶対思われた!特に小学生はいつも僕に絡んでくる!そしてよく「彼女はまだ出来ねえのか?」ってめちゃくちゃ聞いてくる!もしあの現場を見られていたのならつぎに会った時絶対からかってくるやつ!!!!……ん?まてよ?よく彼女出来ねえのかと聞いてくるってことは…………………
僕結構イケメンってこと!!!!????
そうでなければあり得ない!なぜお前はそんなにイケメンなのにいつまで経っても彼女が出来ないのかと!そう言うことか!自覚無しで僕はイケメンとしてこの世に爆誕していたのか…!
…と、虚くもポジティブな思考も生まれてきた頃、突然母はこんなことを言い出した。
「明日文化祭なのに、困ったわねぇ。熱もあるみたいだし、このままだと文化祭いけないわ」
エ
嘘やん?
ごめん、冒頭で僕、暇ねえわ的なこと言っといて、実はめちゃくちゃ楽しみにしとったんよ。
だってうちのクラスの出し物
“ホラー系メイド喫茶” だぞ!?
ホラーだからと言う言い訳をし、女子には多少露出があるメイド服(しかも僕作。)を着てもらう予定なんだ…初めて僕の特技が発揮されたんだぞ!?
そんな心とは裏腹に僕はおとなしくベッドに横たわっていた。なぜなら、頭痛で頭が割れてしまいそうだったからだ。
次の日、遅めの起床。もう体はなんともないのだが、どうせ学校には行かせてもらえないだろうから。しかし、僕は自分の目を疑った。
「葵くん、おはよ」
なんと、紫音が僕の横で寝ていたのだ。
「お、おはよ…?」
一応挨拶は返した。
やばい、え、どうゆう状況これ?僕の僕が起きちゃいそうだ。距離も非常に近い。てか僕寝巻きなんですが?このままでは僕の僕の変化に気づかれてしまう。
「んー…」
「え、ちょっと!?月宮さん!??」
ゆっくり彼女の端正な顔が僕の顔に近づいてゆく。もう僕の僕も限界だ。
「熱は…なさそうね」
「……へ、?」
そういうと、彼女は立ち上がった。
「行こう!文化祭!」
「え!?何言ってるの!もう…9時じゃないか!君もしかして僕が起きるのをずっと待ってたの!?」
「へ?うん。」
「あ、そうなんだ。」
あ、そうなんだ。じゃないだろぉ!!!
こんなの…こんなの…っ!!
行くしかないじゃないか!
「ちょっと待ってて!…母さん!!」
「何よー?もうあんた、紫音ちゃんずっと待っててくれてたのよ?寝坊助ね〜w」
こいつ……しかし、今はイライラしている場合じゃな〜い!
「月宮さん、すぐ準備するから!」
「うん!」
「あ、えと、着替えるからあっち向いてて…」
「はーいw」
あ、やべ、コレどうしよう…すっかり元気になってしまっている…奇跡的にまだバレてないようだ。いつ抜くか…今でしょ!
「…ッハ!」
バカか僕は!着替えた瞬間見せる隙なくトイレに直行一択だろ!
よし!着替えた!!
「まだー?」
「あ、ごめんトイレ!」
「え?」
疾風の如く僕はトイレへ駆け込んだ。
ジャーゴボゴボ……
ふぅ…スッキリした。
「もーナニしてんの?早く行かないと!」
「う、うん」
なんか顔を合わせずらい…てあ?そういや紫音は僕が起きるまで待っててくれてたわけだろ?お礼…まだ言えてない…
「お邪魔しましたー!行ってきます!」
「………」
「行ってらっしゃーい」
家を笑顔で出た紫音は僕の方を振り向くと、
「走るよ!」
と言い出した。嘘やん?
お礼言うタイミングがない…どうしよう、
「…紫音っ!!!」
「っ!?」
しまった。心の中では紫音と呼んでいたからつい…紫音も固まってしまっている。急いで僕は謝罪した。
「あ、ごめん…嫌だったよね…」
しかし
「あ、ねぇ…?」
「?」
「もう一回…言って…名前で呼んで…?」
青白くなると思われた頬は、真逆に赤く染まっていた。
やばい。さっき落ち着いたはずの僕が再び…!
心臓もドキドキうるさい。顔が熱い。
「し、紫音…サン、僕が…起きるまで待っててくれて……あり、がと。」
「………」
沈黙が続いた。すると、やっと口を開いたかと思えば
「全くよ!もう!」
と少し文句言われた。しかし、彼女はとても笑顔だった。女とは変な生き物だ。
さ、学校が見えてきた。はやくトイレへ行かねば。