あんな出来事があったというのに、カイルは変わらず僕と接してくれる。ふと、笑みが溢れた。
「なに笑ってんだよ?」
「え?あぁ、カイルの顔がおかしくてな」
「はぁ? 」
髪を揉みくちゃにされながら、騒いでいると、 マスターがご機嫌な様子でやってきた。
「たくっ、お前達はいつも仲良いなぁ、そんな元気があるんだったら、アリアに剣の指南でもしてもらったらどうだ?」
そう冗談っぽく言うマスター。
「…えっ!いいの!」
「……お、おう。まあ本人がいいって言ったらな?」と、汗をかきながら目をそらした。
そんなマスターを置き去りにして、アレンはアリアの元へと駆けていった。
「あの、アリアさん!僕に剣を教えてください!」
突然現れたアレンをじっと見つめた後、ふっと微笑んだ。
「アレン、あなた剣は扱えるの?」
「……え?」
突然の問いに戸惑いながらも、アレンは小さく頷いた。
「一応……使えます。でも、大した腕では……」
「ふうん」
アリアは興味深そうにアレンの細い腕を見つめると、懐から一本の短剣を取り出し、彼の前に放った。
カランッ
「拾いなさい」
「え?」
「以前、貴族の子かって聞かれて動揺してたわね? 何か事情があるんでしょうけど、もし生きていくつもりなら――剣ぐらいまともに扱えないと、すぐに死んでしまうわよ」
アレンは少しだけ息を飲んだ。
(この人の目……本気だ…!)
ギルドの中は、先ほどまでの賑やかさが嘘のように静まり返っていた。
誰もがこのやりとりを見守っている。
アレンはゆっくりと短剣を拾い上げた。
刃を眺める。僅かに光を反射し、鋭さを感じる。
「さぁ、構えて」
「…はい」
アレンは少し迷いながらも、腰を落とし、短剣を持つ手に力を込めた。
(こんな状態で、戦えるのか? いや、違う……試されてるんだ)
アリアは腕を組みながら、その姿勢をじっと見ていた。
「……なるほどね」
そう呟いた次の瞬間――
ヒュッ
彼女の足が音もなく動いた。
(速――!)
驚く間もなく、視界が揺れる。
ドンッ!
「ぐっ……!」
一瞬で地面に転がされる。手に持っていた短剣がカランと転がった。
「ふむ、立ち方は悪くないわ。でも、力が足りない。体力も技量も、このままじゃとてもじゃないけど生き残れないわね」
「……っ!」
アレンは歯を食いしばりながら、ゆっくりと立ち上がった。
(悔しい……!)
だが、アリアはそんな彼を見ても笑うことはなく、むしろ楽しげに口を開いた。
「いいわ。あなたは、私が鍛えてあげる」
「……え?」
「せっかく助けたんだもの。ただ死なせるのは勿体ないわ。私の弟子になりなさい」
その言葉に、アレンは思わず目を見開いた。
(弟子……? この人の?)
ちらりと周囲を見れば、ギルドの冒険者たちは何やらザワザワと話し始めている。
「おいマジかよ……! アリアさんが弟子を取るなんて……!」
「あの子、やばいことになったな……」
そんな声が聞こえてくる。
アリアがどれほどの人物なのか、この時のアレンには分からなかった。
だが、彼女の纏う気配と、さっきの圧倒的な動きを思い出すと……ただの冒険者ではないことだけは分かった。
(このままじゃ……僕は、また負け続ける)
生き延びるために、剣を学ばなければならない。
(……やるしかない!)
アレンは拳を握りしめ、深く息を吸った。
「……お願いします、アリアさん!」
アリアは満足げに頷き、微笑んだ。
「いい返事ね。じゃあ、早速明日から始めましょうか!」
こうして、アレンは”剣の師匠”を得ることになった。
翌朝。
ギルドの裏手には訓練場(東京ドーム1/2個分)があり、そこでアレンはアリアのもとで剣の稽古を受けることになった。
「まずは基礎体力ね。しばらくは剣を握らせないわよ」
「えっ!?」
「何よ、その顔。剣を振るにも体が資本よ。まずは走り込みと筋力強化ね。ほら、さっさと動きなさい!」
「う、うぅ……」
こうして、アレンの地獄の修行が幕を開けた。
一方、その様子を見ていたカイルは遠くからクスクスと笑っていた。
「……アレンのやつ、大変そうだな」
「ん?なぁに、みてるの?あなたもやるのよ、カイル!」
「えぇっ!? なんで俺まで!?」
「カイル、最近伸び悩んでるって聞いたけど? いい機会じゃない」
「そ、そんなぁ……!」
こうして、アレンとカイルの二人は、アリアの厳しい修行に巻き込まれていくのだった――。
アレンとカイルの修行が始まって2年――。
「ハァ、ハァ……もう無理ぃぃ!」
カイルは膝に手をつき、荒い息を吐いていた。
「なぁに、甘えた事言ってるの。まだ半分よ」
「えぇぇぇ!!?」
「あと10周!さぁ、走る!」
「そんなぁ……!」
アレンも同じように倒れそうになりながら、カイルと一緒にの訓練場を駆け回る。
アリアの指導は徹底していた。基礎体力から始まり、剣の握り方、立ち方、受け流しの技術――すべてを叩き込まれる日々。
(でも……これが必要なんだ)
どんなに辛くても、アレンは投げ出さなかった。
「ラスト一周!」
「うぉおぉおおおおおおおおーーーー!」
アレンとカイルどちらも譲らないと言わんばかりの気迫で駆けて行く。そして、周回を終わり汗だくになりながら倒れ込む。
「はぁ、はぁ…くそっ!また負けた!」
「はぁはぁ…カイルには負けられないからね!」
互いの健闘を讃えながら喋る2人。いつもなら、この後アレンは、書庫で書物を読み漁り多くの知識と戦術を学び。カイルは、魔力の底上げや炎の制御をする予定だが。
そんな2人を遠くから見つめていたアリアが歩み寄ってきた。
「2人ともなかなか体力がついてきたようね。よし!この調子で次にいくわよ!」
彼女は持っていた木剣を2人に向かって投げた。
コツンッ
「あでっ!痛つつ、ん?なんだよこれ?」
「これから模擬戦闘をするわよ」
アリアはたまに模擬戦闘を提案してくる。腕が鈍らないようにするため、そして、今の実力を知るために。
「…よっしゃ!今回こそは勝ってやる!」
「うん! カイル、作戦忘れないでよ」
「ああ、行くぞアレンっ!」
吠える2人に対しニヤリと余裕の笑みを浮かべるアリア。
「今日は一本取れるかな?」
まずカイルが魔法で牽制を仕掛ける。
「烈火よ、爆ぜろ!【フレア・バースト】!」
以前使っていたファイアボールとは明らかに魔力の密度が違う。より強力な炎となりアリア目掛けて飛んでいく、そして着弾と同時に小規模の爆発を起こした。
「へぇー、魔力の制御が上手くなったわね。カイル!」
喋りながらも上へ飛び難なく避ける。
しかし、着地地点を予測し駆け出していたアレンが、猛然と踏み込む。木剣を低く構え、一気に薙ぎ払う。
その瞬間――。
ドンッ!!
空気を裂くような轟音とともに、アリアの上段からの一撃が振り下ろされた。まるで雷が落ちたかのような衝撃。
「ぐっ……!!」
アレンの腕が痺れ、視界が揺れる。受け流そうとしたが、衝撃は強すぎた。
バキィッ!
足元の地面が砕ける。力を受け止めきれず、アレンは勢いのまま吹き飛ばされた。背中から地面を転がり、肺の中の空気が一気に押し出される。
「っは……くそ……!」
何とか立ち上がるも、腕が痺れて握力が抜けそうになる。
「もっと速ければ、かすりくらいはしたかもね?」
アリアは余裕の笑みを浮かべ、構えを崩していない。
「まだ、ここからです!」
口の端から出た血を拭い、一足飛びで切り掛かる。体術を絡めた攻撃でアリアの視界を狭め、カイルの居場所を隠す。
攻防の最中カイルはアリアを挟み撃ちにするべく移動していた。
「アレン!いいぞ!」
一度距離を取り、呼吸を整える。
「ふふ、次はどんな策でくるのかな?」
まだ余裕たっぷりの笑みを浮かべるアリア。
「紅の霧よ、視界を奪え!【パイロ・スモーク】!」
燻る煙を発生させ、アリアの視界を遮る。どこから来るかわからない中、アリアは剣を上から下へと一振りし、煙が真っ二つに切られ視界が開けたた。
「くそっ!」
「……っ!」
まさかの展開にアレンとカイルは驚きながらも、アリアへと駆けていた。
(僕らの前後左右からの薙ぎ払い攻撃に死角はない!……捉えた!)
カコンッ
「…⁉︎」
なるはずのない音が鳴り、放った攻撃はアリアが地面に突き刺した剣に当たった音だった。しかし、アリアの姿が見えない。ふと上を向くと、剣を支えに倒立をしていた。
「惜しい」
ニコリと笑った瞬間、アレンとカイルは腹部に強い一撃をもらった。
「うわぁ!」
「ぐは!」
地面を擦りながら、転がる。なんとか腹部の痛みに耐え立ちあがろうとするが、ふらふらだ。
「よし、そこまで!2人の連携と戦術とてもよかったよ。これはアレンが考えたのかな?」
「…はい」
アレンは、悔しながらも真正面を向いていた。
「ただ、アレンは踏み込みと読みの浅さ、カイルは魔力は成長したものの、それ以外はつたなかったわね。」
アリアは、頑張った2人に労いと反省点を伝え、その場を立ち去った。
「あぁ!あとちょっとでいけたと思ったのに!くそっ!」
大の字で寝そべるカイルが悔しそうに吠える。
「そうだね、僕もいけたと思った。だけど、それ以上に師匠は強かった」
アレンとカイルは悔しい思いを胸に訓練場を後にした。
その後、アレンとカイルはむしゃくしゃした気持ちを食事で発散させていた。
「うめぇなこの肉!アレンも食えよ!」
「頬張りすぎだ!カイル!」
そんな和気藹々と食事をしていると、唐突にカイルがこちらを見て話し始めた。
「……なぁ、アレン今回の作戦なにがダメだったと思う?師匠には、どうしたら勝てると思う?」
「…いや、僕にもわからないや。」
悔しい気持ちが今にも口から溢れ出しそうになるのを必死に抑え食事を進めることにした。
頭の中で、今回の敗戦を思い出しながら自室に戻った。
「また、後でな!」
「ああ、またな」
部屋に入り、ベッドに横になると疲れが溜まっていたのだろう。そのまま寝てしまった。
起きると中庭で何やら話し声が聞こえる。窓を開けると焚き火を囲みながら、カイルとアリアが何かを話しているようだ。
ガチャッ
「おう、やっと起きたか?」
「アレン、こちらにいらっしゃい」
そう言われて、慌てて向かう。
「アレン、早かったわね。こっちに座って。」
促されるまま椅子に座るとアリアが2人にむかって話し始めた。
「私、また1ヶ月くらいクエストでいないから2人共鍛錬は欠かさないようにね」
「…わかってるよ」
少し不満げなカイル。アリアはたまに長期のクエストを受けることがあり、それは、Sランク冒険者でしか任されないクエストなのだ。
「それと、遠征に行く前に実践を経験してもらうわ」
「え……?ほんとに?」
アリアは頷き、言葉を続けた。
「明日から君たちは私の手から離れ、魔獣討伐の仕事をするの。」
その言葉にアレンとカイルは、子供のようにはしゃいだ。
一方、その頃。
ギルドの街に、ある人物が足を踏み入れていた。
「……ここに、“それ”があるのね?」
黒いマントを羽織った人物が静かに呟く。
その後ろには数人の護衛が控えていた。
「グランベルト王国の5大貴族の次期当主が一人、エルネスト様の御成りだ!」
周囲の人々がざわめく。
この地方に貴族の使者が来ることは珍しい。
そして、その使者の中には――
ラナの姿があった。
彼女の表情はどこか沈んでいた。
父の命を受け、この地を訪れた彼女の目的は――
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