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秋桜
青年ほど矛盾に満ちたものを私は見たことがない。何かとあれば大人の皮をかぶり意見をし、都合が悪くなるとたちまち弱者の顔をする。他の思想をあたかも自分の思想のように謳う。きっと彼もその一例に過ぎなかったのだろう。
少年は空気を読むということができなかった、所謂KYというやつだ。決して環境が悪かったわけでも、何か不自由をしていたわけでもない、ただ人という生き方が理解できなかったのだ。
子供の世界というのは時に大人の世界をもしのぐほどの残酷さをもつ、彼らは悪を知らなければ正義の意味も知らないのだから。少年のような存在は格好の的である。しかし、少年は決して阿呆ではなかったのだ、それが幸運なのかはたまた不運だったのかは、今となっては分からない。
少年は人として生きていく方法として陽気を覚えた。それは一種の生存戦略と言えば聞こえはいいが、ただ自身の身を守るための鎧に過ぎなかった。だがこの陽気というのは人として生きていく上でとても効果がある。彼は人を笑わせ陽気を保つことによって生きることを許されたのだ。
高校を卒業するころには彼の陽気は完成されていた。彼は陽気だった。彼は生きる術を知っている。おしゃべりで人懐っこく、まさに陽気を体現化したような存在だ。地元でもそれ以外でも広く友人をもち、ある程度名の知れた大学に通っている。誰も彼の生活に文句を言うものはいないだろう。
中高大とも恋人はいつもいたが、どれも半年以上も続きやしなかった。彼の恋人になる女性には共通点がある。それは、以前から彼に好意を持っていることだ。彼はその好意に誰よりも早く気付いている。女性本人よりも早く。しかし彼は決まってそれに気づかないふりをする。そしてある日こう思うのだ。自分は彼女に恋しているのだと、彼は何よりも拒絶を嫌う。彼は無意識のうちに行っているのだ。
だが半年もすれば彼女たちは気づく。彼の視線の先はいつも自分の目ではなく、周りの目であることに。
今津駅のほとりにある少し年季の入った喫茶店、別に大学が近い訳でも近くに友人がいる訳でもない。だが彼は通っている。
「ごめん、遅れた 電車が遅延してて」
喫茶店では似つかないような調子で言った。
「あなたバイクじゃない」
彼女は微笑みながらそう言った。
彼女とは初めてこの店に来た時に出会った。初めて彼女を見た時の印象は、今の時代では珍しく姿勢が美しい人だったことだ。聞けば、彼女は年が2つ上でこの店の近くの大学に通ってるという。俗にいうナンパというやつだ。
彼は持ち前の陽気とおしゃべりで彼女と打ち解けるのにはそう苦労はしなかった。それから講義終わりの合間にこうして会うようになった。
「この前言ってた映画観、あれやばいね。めっちゃ泣いた」
「ほんとに観ると思わなかった」
「けっこう重かったでしょう?」
彼女は口ではそういったがまんざらでもない様子であった。
「この前教えてもらった店もよかったし、憧子ちゃんセンスいいよね」
「前々から言おうと思ってたけど、君チャラいよね」
そう言って彼女ははにかみながら彼の言葉を遮った。
「そんなことないよ」
微笑しながら珈琲に手をやった。
「チャラいというより、不安そう」
彼は驚いて手を止めた。
「え、不安?」
「確かに今学期単位落としたけど」
「ばれた?」
彼はおどけながら珈琲を飲んだ。
「やっぱり、」
「次からはちゃんと頑張るよ」
「そういうことじゃないの」
そういって彼女は深く椅子に腰を掛けなおした。
「あなたって可哀そうな人なのね。」
「え、?」
「そうして取り繕わないと愛してもらえなかったんでしょう?」
その言葉を聞いて彼は笑った、しかし自分が本当に笑えていたか確認する暇はなかった。好きでもない珈琲がみるみる減っていく。
「この前話教えた私の好きな3つの花覚えてる?」
「もちろん覚えてるよ」
「嘘ね、あなたにはまだ2つしか教えていないもの」
異様な空気が店全体に漂う、彼はその空気を知ってるようで知らないような感覚であった。
彼は笑った。
「だまされた、ひっかけ問題かと思ったよ」
「じゃあ、今日3つ目を教えてくれるの?」
「その必要はないわ」
そういうと彼女は珈琲を飲みほした。
「どうして?」
彼女は真っ直ぐ彼の目を見てこう言った。
「きっとあなたは、もう私と会おうとはしないから」
喉の奥が熱を帯びているのが分かった。からのカップをどうしようもなく触ってしまう。それでも最後にはいつものあの顔にもどる。
「そんなことないよ」
それからのことは彼自身あまり覚えていない。
あれから少し時間は過ぎた。彼は今でも陽気だ。だが、あの喫茶店には二度と行くことはなかった。
彼はまだ青年なのだ。