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【※第一章 62話と同じ時間帯のお話です】
――沙織が元の世界に帰ってから、もう20日が過ぎようとしていた。
ガブリエルは走らせていたペンを置き、執務室の扉を見つめた。
腕の中に感じた温もりを思い出し、行かせてしまった事が本当に正解だったのかと考える。
が……その答えは出てこない。
今にも扉がノックされ、「お義父様――」と沙織が入って来るのを、期待してしてしまう自分がいた。
(……ありもしないことを)
ガブリエルは、フッと自嘲的に笑った。
沙織に何かあれば、ステファンから連絡が来るのだから。
すると
――トントン
と扉がノックされた。
思わず息を呑む。
入室を許可するとゆっくり扉は開き、カリーヌが入って来た。それも、なにか思い詰めた表情で。
「お父様、お願いがございます」
「カリーヌがお願いとは、珍しいな」
そう返事をしたが、カリーヌの言いたいことは想像できた。
「サオリ様を、お迎えに行きたいのです」
「カリーヌ。それが、どういうことか……」
「理解しております。ですが、私はステファン様を信じているのです」
沙織も、ガブリエル自身も……ステファンの魔導師だった能力を信じたからこそ、転移陣を起動させたのだ。
「きっと……何か戻れない、理由があるのかもしれません」
「ならば、待つべきじゃないのかい?」
「はい。以前の私なら、待っておりました。もしも、これがサオリ様だったなら――と考えたら」
カリーヌの立場が沙織なら、無理矢理にでも迎えに飛び出すだろう。
(彼女は……そういう人間だ)
「サオリは魔力も強く、シュヴァリエもついているが?」
「魔力なら、私も並の方よりはありますし。護衛には、ミシェルが一緒にと言ってくれました」
「……ミシェルも、か」
自分の子供たちが、沙織の影響で行動的になっている。ククッと口元が緩む。
(何よりも、私が一緒に行きたくなっているなんて……な)
常に平静を装っているが、愛する者を失くすのは二度とごめんだった。
「ステファン殿下は、何と?」
「えっ。どうして、それを?」
カリーヌは、父親であるガブリエルよりも、婚約者であるステファンに先に相談したのだろう。
沙織がいなくなってから。
宮廷で迷子になった筈の、あの青い尻尾をやたら見かけるようになった……とは、何も知らないカリーヌには言わないが。
寝る時間を割いてでも仕事を詰め、カリーヌを励ましに会いにくる。そんな男だからこそ、可愛い娘との結婚を許した。
「私を説得できたら……とでも、言ったかい?」
「まあ! お父様は、流石ですわ!」
図星をさされたのに、喜ぶ愛らしいカリーヌに笑ってしまう。
「カリーヌ、少し時間をくれないか?」
「時間、ですか?」
「私も、説得しなければいけない方が居るからね」
「ではっ、お父様も!」
カリーヌは、嬉しそうに微笑んだ。
沙織に感化さたのは、ガブリエルも同じだった。
◇◇◇
「まさか……。お許しになるとは、思いませんでした」
苦虫を噛み潰したような表情のステファンは、ガックリと肩を落とす。
「殿下が、カリーヌを焚きつけたのでしょう?」
「まさか! 公爵なら止めて下さるかと……」
勿論、それを分かった上で認めたのだ。
「務めは……どうするおつもりですか?」
「陛下には、過去数年分の休暇を頂いたので。問題はありません」
外交で国をあける時と同じよう、手配は行った。
領地の方も、安心して任せられる優秀な家臣が居る。万が一の時は、実妹にも連絡が行くようにした。嫁には行ったが、相当頭の働く親族で頼りになるのだ。
「もし……戻れなかったら?」
「まさか、そんな危ない橋をサオリに?」
ステファンの執務室の温度が下がった。
「いえ。転移陣は間違いなく繋がっているのです。サオリ様の魔力は、出発された日から全く弱まっておりません。やはり、考えられるのは……時間の流れの問題かと」
「でしたら。少しくらい家族旅行で留守にしても、問題ありませんね」
ガブリエルは、有無を言わせない笑みを浮かべた。
「………そうですね」
国王が認めたことを、王太子が止められる訳がなかった。沙織にも、アーレンハイム公爵家にも、恩があるのだから。
――そして、その数日後。
アーレンハイム公爵家は、異世界へ家族旅行(?)に出発した。
残されたステファンは、ひたすら執務に追われつつ……。アーレンハイム家全員と、片腕の帰りを待つ他なかった。