──────高校2年生の夏、俺は、死んだ。
その日は土砂降りにも関わらず、運悪くピザ屋のバイトが入っていたため、俺はスクーターで山道を走 っていた。近くに落ちた落雷の莫大な光と音。それに雨で濡れ た急カーブ。どうなったか、分かるよな?
俺は崖に放り出され、数十メートル下の地面に叩き つけられてそのまま他界。まだ、17歳だった。小さいかもしれないけど、ゲーーム会社に就くという夢もあった。仲の良い両親と可 愛い弟もいた。
スローモションで遠退いていく曇り空と宙を舞うスクーターを見て、俺は悲しいくらいに冷静だっ た。ああ、俺死ぬんだ、と。頭の中に次々と浮かぶ親しい人の顔。今の家。学校。思い出の場所。本棚の裏に隠したお宝…。 走馬 灯って本当にあるんだ、なんて香気に思っていた が、PCに保存された獣姦系のお宝の存在を思い出し、一気に焦った途端、 死んだ。解せぬ。
今思えばただ現実を受け入れられなかっただけだと は思うが、この状況も受け入れがたい。自分以外に何もない白い空間で、目の前に金びかの トロフィーがひとつ、浮いている。小規模な大会で貰えるような、小さいもの。
…えっ、なんで?ここは幼女系神様とかツンデレな水の女神とかそう いうものじゃないの?なんで無機物…?
「労働中の事故とは、災難だったな。阿山康治郎」
白い空間に響く男の声。ビックリして一歩下がった。よく見ると、声が響く度にトロフィーがぶるぶ る震えている。
…えっ?今の声、トロフィーから…? トロフィー が喋った だと!?しかもかなりエエ声!どっから出てるんだ!? は当然ないけど…。まじまじとトロフィーを観察してみる。トロフィーは不機嫌そうにぶるぶる震えながら続けた。
「何やら失礼な事を考えているようだがそれは構わ ん。手短に話そう。そなたは死んだ」
「あ…、やっぱり?」
パッと顔を上げてトロフィーと話す。いや、不思議だったんだよね。あの世とかあんまり 信じられない派だったから、目が覚めた時滅茶苦茶戸惑った。トロフィーが喋るっていう今の状況にも戸惑ってるけど。なんでトロフィー喋ってんの?
「…ここ地獄?」
周囲を見渡しながら俺は言った。閣魔様らしき人はいない。獄卒らしき鬼もいない。じゃあここは天国? いや、でも天使もいない。そ もそも天国がこんなんだったら救い無しも良いとこ ろだ。なんもない。テノールボイスのトロフィーが一個だ け。寂しい。
「そなたが思うようなあの世ではない。時空のハザ言わば魂の休憩所だ。一度しか説明しないの でよく聞いておくように」
トロフィーの癖にちよっと偉そうだと思ったが、こ のおかしな状況をなんとか出来るのはこのトロフィーしかいないと思い直し、俺は黙って領いた。
「先程も言ったが、そなたは死んだ。しかしそれは 運命外の事だったのだ。本来運命外の事など起きてはならないし起こらない。しかし起きたということは、神…即ち私の定めた運命を打ち破る程の者が介入してきたという事だ。そちらは天界で解決するとして、問題はそなたである。そなたの死亡予定は76 歳。59年の猶予を残して死亡したため、輪廻の用意が出来ておらん。そこでそなたに与えられた選択肢は3つ。ここまでで何か質問はあるか?」
「………いいえ」
トロフィー(神様?)の言葉に、俺は「ない」と応える他なかった。なんとなく理解は出来たけど、混乱し過ぎて逆に冷静になるあの現象。てか正直実感が 湧かないし。それに、過ぎたことはしょうがない。一番重要なの は俺がこれからどうなるのかだと思う。皆目見当も 付かないけど、怖いのとかはヤだな。
「1つ目。浮遊霊として何年もさ迷い、誰にも知ら れず消えて行く。この場合、そなたの魂は消えてし まう。2つ目。天界で改めて輪廻申請をし、約4億年をここで過ごす。輪廻の輪はすべて予定されているもの で、 地球に生命体が生まれなくなるまで待たねばな らない。3つ目。そなたが生きていた世界での輪廻転生は1度諦め、別世界で人生の続きを歩む。いくつかの世界では魂が度々消滅して、生命体の数に空きがあるの だ」
「はいっ3!!3つ目!!異世界転移でお願いします!!」
「…きちんと考えなくて良いのか?猶予はある ぞ」
「大丈夫っす! あっ、チートとか出来ます!? ーレムとか!」
「……。よかろう、巻き込んでしまったせめてもの詫びだ。そなたの思い付く中から、好きに 選ぶと良い」
『よっしゃーー||!!!』と俺は心の中でガッツポーズを掲げた。いや、実際にも拳を掲げた。だって異世界転移。最高だ。最高だ!オタクなら一度は考えたことがあるはず。考えたことないとは言わせない。魔力無制限とか万能属性とか無双とか、ワクッワクが止まらない。魔王討は流石に王道すぎだけど。でもでも、ロマンの塊である。誰しもの夢である。 ありがとう神様大好き!
「うむ」
「えっと、えっと、その別世界ってどんな世界なん ですかっ」
異世界ひゃっほい!ぶち上がるテンションを抑えきれず、俺はびょんぴょん跳ねながらトロフィーに 聞いてみた。確認は大事。魔法が使えない激戦時代とか困るから ね。某幼女の戦記とか。
「そなたが持っていた文書によく似ている。『異世界トリップしたけど女王専属の料理人でスローライ フ………だったか?』
「マジ!?」
説明しよう!『異世界トリップしたけど女王専属の料理人でスローライフ』とは、冴えない社畜がトラックドーンで突然魔法世界にトリップし、チート能力を持ったに も関わらず、 それをまったく使わない、独り暮らしのスキルを生かして、ツンデレ女王や姉系貴族や妹系学生、ムチムチ公爵夫人の料理を作るハーレムラ ノベであ一る!ラノベの代名詞っていうか、かなり有名な作品。複雑な世界観じゃなくて、魔法の仕組みもかなり単純だったはずだ。よしよし、俺あんま頭良くないから 嬉しい。
「人々は科学の代わりに魔法や魔術を行使し、世界中に魔物が生息している。貨幣は銅貨、銀貨、金 貨、 自金貨の4種類だ」
「うおー一っ!」
「文書と違うところは男女比率だな。亜人を合わせ ても8:2といったところか」
「ん?」
「男女比8:2。つまり男が圧倒的に多い。…という ことは男の同性愛者も非常に多い。特に童顔のそな たは、大変可愛らしい部類に入る。襲われるのは覚悟しておいた方が良いだろうな」
………………………………………………………。
トロフィーの言葉を然と聞き、全て理解した後、 俺はガクンと膝から崩れ落ちた。つまりハーレムは無理そうってコト てか襲われるって、ヤられるって事だよな。イヤイヤイヤ、 童貞卒業の前に処女卒業?
「ちなみに低確率だが妊娠出来る身体にしておく。 相手が人間だろうと亜人だろうと魔物だろうと種族関係なく、条件を満たし次第孕む。留意せよ」
「え、なんでそんなことにした?」って感じの、超重要なことをサラッと言ってのけるトロフィー。
「む、むむむ、むりーーーーーーーーーーーっ!」
白い空間に俺の虚しい悲鳴が響いた
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