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教室の空気は、もう元には戻らなかった。誰が最初に囁いたのかも分からない言葉が、気づけば“前提”になっていた。
「あの二人、なんかあるよね」
「あれ、ただの友情じゃないでしょ」
「なんか、変だよ、距離感」
そうして──ある朝、プロジェクターが勝手に起動された。
誰かのいたずら。教師が来る前、たった30秒ほど。
映し出されたのは、匿名の投稿画面。
スクリーンには、言葉だけが無音で現れた。
「“庇ってる”んじゃなくて、“弱み握られてる”んでしょ?」
「遥がなにか知ってるんだよ、たぶん。日下部もグルでしょ」
「あいつ、裏ではえぐいことしてるって聞いた。いじめの主犯だったって」
一瞬のざわめき。
教師が入ってくると同時に画面は切れた。
誰がやったのか、誰が投稿したのか、それは“誰でもない”。
けれど、その「印象」だけは強烈に残った。
クラスメイトの視線が、明らかに変わる。
会話の端に名前が出れば、必ず──
「あいつ、何を隠してるんだろうね」
日下部は、無表情のままそれを受け止めた。
何も言い訳しない。
何も否定しない。
“沈黙”で守り続けた。
──それが、さらに「怪しさ」を増幅させる。
遥はすぐに気づいた。
日下部のまわりの空気が、彼自身を毒の中に孤立させていっていることに。
なのに、日下部は口を開かない。
遥に、何もぶつけてこない。
責めない。怒らない。
ただ、その身を晒して──沈黙のまま「側にいる」。
それが、遥にとって最も“加害”に感じられた。
(なんで、何も言わない?)
(そんなふうに黙っていればいるほど、俺は──)
視線が突き刺さる。
笑い声が遠ざかる。
二人の足音がすれ違うたびに、「見てはいけないもの」を見るような目が遥に向けられる。
蓮司は、表には出ない。
すべては裏で仕組まれている。
誰にも正体はわからない。
だが──それが「蓮司の仕業」だと遥だけは知っている。
にもかかわらず、それを“証明”する手段はない。
声を上げれば、もっと「信じたいものだけを信じる目」に飲まれるだけだ。
そして遥の中には、確信がある。
(……俺が、こいつを巻き込んだ)
(俺が欲しくなったせいで、汚れさせた)
(全部、俺のせいだ)
──そう信じて疑わない遥。
沈黙のまま踏み込んでくる日下部。
そして、裏から“二人の関係”そのものに別のラベルを貼り続ける蓮司。
じわじわと、「信頼」や「正しさ」そのものが気持ち悪いものに変換されていく。
次第に、誰の目にも「二人の沈黙」が、
共謀
隠蔽
倒錯
──そのどれかに、見えてくる。
地獄は、まだ始まりにすぎない。